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梅原克文:『ソリトンの悪魔(上・下)』(双葉社) [book]


当方が鑑賞した映画のオールタイムベストを選ぶとしたら、ベストテン圏内に、どういうわけかジェームズ・キャメロン監督/エド・ハリス主演『 アビス 』がランクインしてしまう。ご覧になった方はご存知のとおり、決してデキの良い映画とはいえない。公開時に映画館で鑑賞した当方は、なんだか竜頭蛇尾な脚本だな、と思ったのを覚えている。

ところがね、その後もなぜか<完全版>を再度劇場に鑑賞しに行ったり、TV放映時も視聴したり、結局はDVDも購入し2,3回は観ているのだから、やはり気に入っているとしか言いようがない。特に、エド・ハリス演ずる主人公が結婚指輪をトイレに投げ捨てたものの、思い直して拾い上げるシーンは、映画史に残る伏線なのではなかろうか(大袈裟)。


内容(「BOOK」データベースより)
日本最西端に位置する与那国島の沖合に建設中の“オーシャンテクノポリス”。その脚柱が謎の波動生物の攻撃を受け、巨大海上情報都市は完成目前で破壊されてしまった。とてつもない衝撃は、近くの海底油田採掘基地“うみがめ200”にも危機的状況をもたらす。オイルマンの倉瀬厚志は基地を、そして遭難した娘を救出するため、死力を尽くすが…。

ひさしぶりにエンタテインメントに徹した小説を読んだという感慨がある。物語に没入してしまうのだ。それぐらい優れた娯楽小説といえる。何しろ展開が速い。梗概にある海上都市が謎の物体に破壊されるのが上巻の序盤、そこから主人公をはじめとする登場人物たちはラストまで冒険の連続となる。

とにもかくにも緊張の糸を切らせない。序盤のハイテンションがラストまでほぼ継続するので、読んでいるほうも疲れてしまうくらいだ。当然のことながらハリウッド映画を彷彿とさせるのだが、そんなものよりはるかにアイデアが盛り込まれていて、歯応えがある。まさにノンストップ。

本書は1995年に朝日ソノラマから出版されたもので、10年以上も前に書かれていながら古びていないこともすばらしい。時代背景は2016年だが当時の近未来を描く手腕は相当なもの。特にテクノロジの描写は、たとえば『 マイノリティ・リポート 』の映像を先取りしていると感じられる。Windows95が発売される前後でのこのイマジネーションには感嘆した。

惜しむらくは登場人物たちがいまひとつ魅力に欠けること。潜水艦の艦長など、もう少しかっこよく描いてあげれば作品全体の爽快感が増したのに、と思ってしまう。おそらく著者の意図はヒーローの活躍を描くことではなく、市井の普通の人々が極限状況に巻き込まれたらどうなるのか、というものだったろうから、これはこれでいいのかもしれないが。

日本推理作家協会賞受賞作品だから、読んでいる方も多かろうと思うが、もし未読の方がいて、ジャンルクロスオーヴァ・ノベルにアレルギーがなかったらぜひともお奨めしたい一冊(上下巻だけど)。

ところで、蛇足があるのだが、作品内容に踏み入るので以下は既読の方だけお読みになるが吉です。

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誉田哲也:『ドルチェ』(新潮社) [book]

ドルチェ

ドルチェ

  • 作者: 誉田 哲也
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
彼女が捜査一課に戻らない理由。それは、人が殺されて始まる捜査より、誰かが死ぬ前の事件に係わりたいから。誰かが生きていてくれることが喜びだから。警視庁本部への復帰の誘いを断り続け、所轄を渡って十年が過ぎた。組織内でも人生でも、なぜか少しだけ脇道を歩いてしまう女刑事・魚住久江が主人公の全6編。

なんと著者は初読。「ジウ」シリーズや『ストロベリーナイト』は購入したものの、例によってほっぽらかし状態。本書は装丁写真が気に入ったから購入。いわゆるジャケ買いですね。

さて、読了して感じたのは「軽いな」というもの。梗概にある女性刑事の人間像の奥行きから事件の内容に至るまで、重くなりそうな題材を敢えて軽くしているような感じ。うん、有体に言っちまえば、TVの二時間ドラマのプロットと人物造形だ。

もちろん、こうして読み切っているくらいだから、つまらないということはない。特に最終話の「愛したのが百年目」は人間の心の不思議さを浮かび上がらせる佳品だ。


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笠井潔:『吸血鬼と精神分析』(光文社) [book]

吸血鬼と精神分析

吸血鬼と精神分析

  • 作者: 笠井潔
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2011/10/18
  • メディア: 単行本

矢吹駆シリーズは当初からの読者だ。第一作である『 バイバイ、エンジェル 』が刊行されたのが1979年、『 サマー・アポカリプス 』が1981年だから、すでに四半世紀を越えるシリーズということになる。『サマー~』は刊行直後に読んだので、そのころの当方の年齢は13歳。中学一年生じゃないか。

そのころの作品中ではずっと年上だったカケルやナディアも、今現在の当方からするとはるかに年下。作中時間も『バイバイ~』から2年ほどしか経過していない。思えば不思議なものである。

著者は当方とちょうど20歳違いの1948年生まれ。全10作になると構想されている矢吹駆シリーズは、果たして完結するのだろうか。そして、あのニコライ・イリイチとの決着をみることができるのだろうか。


内容(「BOOK」データベースより)
パリ市東部に位置するヴァンセンヌの森で女性の焼屍体が発見された。奇妙なことに、その躰からはすべての血が抜かれていた。続いて、第二、第三の殺人が起こり、世間では「吸血鬼」事件として注目される。一方、体調不良に悩まされていた女子大生ナディアは友人の勧めで精神医のもとを訪れる。そこでタチアナという女性に遭遇し、奇妙な依頼を受ける。各々の出来事が、一つの線としてつながったときに見えてくる真実とは…。ナディアの友人である日本人青年が連続殺人の謎に挑む。本格探偵小説「矢吹駆」シリーズ第6作。

そして、前作である『 オイディプス症候群 』からさえもすでに10年近く待った本書。シリーズの各作品の内容はほとんど忘れてしまったが、矢吹駆をはじめとして、ナディア・モガールとその父のモガール警視、そしてジャン・ポール・バルベス警部と再会できたことがやはりいちばんうれしい。

さて、肝心の本書のデキだが、期待通りというわけにはいかなかったというのが本音。作中でも言及されているが「パリ市民のすべてが容疑者であるような」ミステリをサスペンスフルにするということは実はものすごくむずかしいと思う。実際、同シリーズ三作目の『 薔薇の女 』もシリーズ中では水準は低いし、他の作家のものでも成功事例は少ないように思う。

余談だが、不特定多数から真犯人Xを探し出すという物語の最高の成功例は岡嶋二人の『 眠れぬ夜の報復  』と思っている。未読の方はぜひ読んで欲しい。ものすごいんですから。

閑話休題。そして、本作でもう一つ惜しいのは、本シリーズの特徴であるカケルと登場人物たちの思想的対立と描かれる連続殺人との結びつきが弱いように感じられたこと。そのあたりは『サマー・アポカリプス』で頂点に達してしまったのかもしれない。

それでもね、今どきの薄味のミステリに比べれば歯ごたえは十分だし、カケルとその宿敵との関係が少しづつでもあきらかになってきたという愉しさがある。キマイラ孔シリーズとならんで完結を期待する本シリーズ、ぜひ当方が生きているあいだに結末を読ませて欲しいものです。


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平川克美:『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』(ミシマ社) [book]

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ

  • 作者: 平川克美
  • 出版社/メーカー: ミシマ社
  • 発売日: 2012/01/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

内容(「BOOK」データベースより)
大震災、「移行期的混乱」以降の個人・社会のあり方とは?政治家も経済学者も口にしない、「国民経済」復興論。短期的ではなく長期的な視点での復興策を、血の通った言葉で書きつづった感動的な論考。

あいかわらずのおもしろさである。著者の作品としては比較的うすいし、文体もですます調であっという間に読み終わってしまうところが惜しいくらいだ。あっという間に読み終わってしまうのに、その全体像を語れといわれても容易にしえない老獪さもまたあいかわらずであり、いま、このように読後の感想を記していても、その内容をなんとも語りようがない。

いえるのは、冒頭に置いた梗概にある「論考」というよりは、著者自身が述べているようにエッセイに近いものであるということ。起業に関するビジネス書的なものではないことも、著者自身が述べている。そして正直なところ、全体としてのまとまりには欠けている。

でも、それがいい、ということもいえる。長めのアフォリズムが有機的に絡まりながら、全体としてはゆるやかな繋がりを持つという言い方か。そこかしこにある示唆的な言葉たちが、読むものの心の何かを起動させる作用がある。そこから、読者は興味や関心を広げればいい、と、そんなことを感じさせる一冊。


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ジャック・ヴァンス:『奇跡なす者たち』(国書刊行会) [book]

奇跡なす者たち (未来の文学)

奇跡なす者たち (未来の文学)

  • 作者: ジャック・ヴァンス
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2011/09/26
  • メディア: 単行本

初めに告白しておかねばならないのは、本書も該当するシリーズである<未来の文学>叢書はすべて所有しているのだが、実は一冊も読了したことがない。


内容(「BOOK」データベースより)
独特のユーモアで彩られた、魅力あふれる異郷描写で熱狂的なファンを持ち、ダン・シモンズやジョージ・R・R・マーティンらに多大な影響を与えてきた名匠ヴァンス、浅倉久志編による本邦初の短篇集が登場! 代表作「月の蛾」からヒューゴー/ネビュラ両賞受賞作「最後の城」までヴァンスの魅力を凝縮したベスト・コレクション、全8篇。

初めて読了した<未来の文学>シリーズの一冊が本書であることは当方にとってはとても納得できることだった。誤解を承知で言えば、ジャック・ヴァンスは大衆向けの通俗作家だと思うから。プロットはそれほど複雑ではないし、ちりばめられた伏線も最後にはきちんと回収される。わかりやすい物語作家といえるだろう。

にもかかわらず、凡百のSF作家と異なる点は、なんとも言いがたい雰囲気というか品格というか、いまどきの物語が失ってしまったものに満ち溢れているから。その感覚は本書でも再確認できた。

白眉は後半の中篇三作、「奇跡なす者たち」、「月の蛾」、「最後の城」だろう。また「保護色」は、昔懐かしきスペースオペラを想起させる無茶苦茶さがあったりして愉しめる。思いのほかヴァラエティに富んだ作品集で、間違いなくおすすめできる一冊。


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小田嶋隆:『地雷を踏む勇気』(技術評論社) [book]

地雷を踏む勇気 ~人生のとるにたらない警句 (生きる技術!叢書)

地雷を踏む勇気 ~人生のとるにたらない警句 (生きる技術!叢書)

  • 作者: 小田嶋 隆
  • 出版社/メーカー: 技術評論社
  • 発売日: 2011/11/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

内容紹介
言論の地雷除去作業、ただいま続行中!

たかがコラムと侮るなかれ。わずか数千字の短い原稿のなかに、
危機的な状況下でしたたかに生きる知恵、タフであるための流儀がぎっしり詰め込まれているのだから。
東電も保安院も復興会議もネトウヨもナデ斬り! 3.11大震災以降「なにもそこまで!」の地雷を踏み続け、
大喝采を浴びたコラムニスト・小田嶋隆の、ポスト3.11を生きる金言コラム集。
日経ビジネスオンラインの超人気連載「ア・ピース・オブ・警句」が一冊に。
ただちに人生に影響を与えるものではありません!

著者の作品読み始めたのはデビュー作の『我が心はICにあらず』の文庫版からだから、すでに20年以上のつきあいだ。あるときから、ふっと著作が刊行されない時期があったのは、アルコール依存症のためだったのは、後日になって知ったこと。

さて周知のように、本書は日経BPオンラインに連載されている「ア・ピース・オブ・ア・警句」に所載のコラムを再編集し纏めたもの。当然のことながら当方は毎週チェックしているサイトであり、内容については既読のものばかりだ。

何度も書いているが、なぜタダで読めるものを、また紙の本で読むという行為をしてしまうのか不思議だ。著者のファンなら当方と同じことをしている人は多いに違いない。

閑話休題。確実にいえるのは、かつての著者の作品のような痛快さは減少しているということ。でも、それでいいじゃないか、とも思う。五十代半ばの人が、かつて二十代の青年と同様のテンションで書いていたら気持ちが悪い。

3.11以後の著者の思いが書かれているエッセイとも読める文章は、やはりと言うか、決して軽快なものではない。それでも、文章の手練れである著者の筆致には毎度のことながら唸らされる。過去の書作品もぜひ復刊してもらいたいものだ。


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深水黎一郎:『人間の尊厳と八〇〇メートル』(東京創元社) [book]

人間の尊厳と八〇〇メートル

人間の尊厳と八〇〇メートル

  • 作者: 深水 黎一郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/09/29
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
このこぢんまりとした酒場に入ったのは、偶々のことだ。そこで初対面の男に話しかけられたのも、偶然のなせるわざ。そして、異様な“賭け”を持ちかけられたのも―。あまりにも意外な結末が待ち受ける、一夜の密室劇を描いた表題作ほか、極北の国々を旅する日本人青年が遭遇した二つの美しい謎「北欧二題」など、本格の気鋭が腕を揮ったバラエティ豊かな短編ミステリの饗宴。第六十四回日本推理作家協会賞受賞作を含む、五つの謎物語。

初めて読む作家のレビューのエントリが続きます。著者の名前はもちろん知ってはいたが、メフィスト賞受賞でデビューした作家は基本的に苦手なので手に取ることがなかった。

一読、感じたのはその意外な格調の高さ。特に「北欧二題」は、文章もそうだが、描かれるエピソードもまたミステリというよりは普通小説寄り。おそらくは著者その人と思われる語り手の貧乏旅行者が遭遇する風景の切り取り方が鮮やかである。

推理作家協会賞を受賞した表題作は、著者の解題によると「量子力学絡み」の題材を書きたかった旨が記されているが、当方にはロアルド・ダールの有名な短編小説の本歌取りではないかと思えた。

その他の三作もアイデア自体はそう驚くことはないものの、活き活きとした人物描写や文章の魅力で読ませる。全体にバラエティに富みクオリティも高い佳品だ。


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トマス・H・クック:『ローラ・フェイとの最後の会話』(早川書房) [book]

ローラ・フェイとの最後の会話 (ハヤカワ・ミステリ 1852)

ローラ・フェイとの最後の会話 (ハヤカワ・ミステリ 1852)

  • 作者: トマス・H・クック
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/10/07
  • メディア: 新書

内容(「BOOK」データベースより)
講演のためにセントルイスを訪れた歴史学者ルーク。しかし、会場には、再会するとは夢にも思わなかった人物が待ち受けていた。その名はローラ・フェイ・ギルロイ。20年前、遠い故郷でルークの家族に起きた悲劇のきっかけとなった女性だ。なぜいま会いに来たのか? ルークは疑念を抱きつつも、彼女とホテルのラウンジで話すことにした。だが、酒のグラス越しに交わされた会話は、ルークの現在を揺り動かし、過去さえも覆していく…。謎めいたローラ・フェイの言葉が導く驚愕の真実とは? 巨匠の新たなる代表作。

なんと、トマス・H・クックは初読。出始めの時期が、海外ミステリを読まなくなったのと同じだったからだろうか。今回は、初のポケミスでの刊行ということで手に取ったのだった。読了すると、良い小説を読んだという感慨はあるが、良いミステリとはいい難いかもしれないというのが率直な感想だ。

登場人物はほとんど二人きりの、いわば舞台劇のような構成だ。20年ぶりに会ったローラ・フェイという女性との会話と、それによって想起される主人公の回想で物語は進んでいく。

その会話の内容には、確かにミステリとしての謎はあるのだが、著者はその謎の解明に重きを置いていないように思われる。むしろ、米国南部の田舎町に生まれた少年とその後の行く末について、これでもかというほどの残酷さを振るう筆致に迫力がある。

暴き立てられる内容もまた、人間の残酷性だ。しかも、その残酷性は当方も含めた誰もが持っているものであり、そこにこの小説の恐ろしさがある。ちょっとした行き違いや勘違い、そしてちょっとした残酷さが生み出す悲劇を丹念に描いた作品だ。


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松崎有理:『あがり』(東京創元社) [book]

あがり (創元日本SF叢書)

あがり (創元日本SF叢書)

  • 作者: 松崎 有理
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/09/29
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
女子学生アトリと同じ生命科学研究所にかよう、おさななじみの男子学生イカルが、夏のある日、一心不乱に奇妙な実験をはじめた。彼は、亡くなった心の師を追悼する実験だ、というのだが…。夏休みの閑散とした研究室で、人知れず行われた秘密の実験と、予想だにしなかったその顛末とは。第一回創元SF短編賞受賞の表題作をはじめ、少しだけ浮世離れした、しかしあくまでも日常的な空間―研究室を舞台に起こるSF事件、全五編。理系女子の著者ならではの奇想SF連作集。

東京創元社のSF短編賞受賞作、かつ理系の女性作家の作品ということで期待して読み進める。結果、SFというよりは、世にも奇妙な物語系ではあったが、愉しめる作品集に仕上がっている。

表題作は『 パラサイト・イヴ 』を想起させる内容。同書を楽しめなかった当方としては、同じような感想を抱かざるを得なかったのは正直なところ。以降の諸作品は、SFというよりはむしろ、研究室に詰める人間たちを描く青春小説という内容だ。

だからつまらないということではない、とは言っておきたい。論文の執筆代行屋であるミクラの人物造型であるとか、最終話の「へむ」におけるボーイ・ミーツ・ガールの物語など、小説としての愉しさは横溢している。お奨めして問題ない作品集ではあるが、やっぱりSFではないと当方は思う。


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ジェニファー アッカーマン:『かぜの科学』(早川書房) [book]

かぜの科学―もっとも身近な病の生態

かぜの科学―もっとも身近な病の生態

  • 作者: ジェニファー アッカーマン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/02
  • メディア: 単行本

このまえの風邪っぴきは去年の六月頃だから、すでに一年以上は引いていないことになる。これは、当方のような病弱な人間には珍しいことだ。子どものころからしょっちゅう風邪ばかり引いていたし、30代半ばまでそんな状態だった。

ここ数年で風邪っぴきが減少してきたのは、早寝早起きしよく睡眠をとることを心がけてきたことがあるかもしれない。職場環境が変わり酒を呑む機会が減ったということも大きい。

それでもね、丸一年以上引いていないというのは、それはそれで何か悪いことが起こる前兆なのではないかと思えてしまう。会社を休んで、ふだんはない平日のTVを視るというのも何かしら非日常的でいいものだしね。


内容(「BOOK」データベースより)
病には数あれど、かぜほど厄介なものはない。これだけ長く研究されていながら、ワクチンひとつないなんて…練達のサイエンスライターが、かぜとは何なのか、かかったらどうしたらいいのか、多数の研究者に最新の知見を取材し、山とある俗信や市販薬の効果のほどを見定めつつ、自らの身を挺する罹患実験に参加までして、かぜを観察。あくまで科学の視点に立ちながら、読者の興味をそらさない絶妙の読みやすさをもって綴る、「かぜの生態学」。


  • 風邪をうつさない/うつされないためにはマスクをしたほうが良い。
  • 風邪予防にはビタミンCが有効である。
  • 風邪は風邪ウィルスが発生させる毒素で諸症状が出る。
  • 風邪には抗生物質が効く。
  • 気温が低くなると風邪を引きやすくなる。


冒頭に申し述べたように、当方は風邪っぴきの権威なので、上記のほとんどの事柄が実際にはそうではないらしいことは知っていた。それでも、例えばビタミンCが風邪予防にあまり役立たないことなど、初耳のトリヴィアがあったりしたのだった。

そして、「ハゲと水虫と風邪の特効薬を開発したらノーベル賞もの」という台詞をどこかで読んだことがあったが、実は風邪の特効薬は真剣に開発されていない模様であることも、本書を読み初めて知った。

いわゆる風邪(普通感冒)は一週間程度で治癒するものであり、それを数日間前倒しでで治すための薬に意味があるか否か、ということで予算が下りないらしい。また、そもそも開発されたとしても高価になりそうで使う人がいない、というのが理由のようだ。

おっと、あまりネタばらししてこれから読まれる方の興味を削ぐのはまずいな。上記のような風邪に関する豆知識が書かれているとともに、「風邪の文化史」とでもいうような記述がそこかしこにあり愉しめる。海外の科学解説書とは思えない読みやすさが好もしい作品。翻訳がやや生硬なことが玉に瑕かな。


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石持浅海:『ブック・ジャングル』(文藝春秋) [book]

ブック・ジャングル

ブック・ジャングル

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/05
  • メディア: 単行本

内容紹介
4月の夜、市立綾北図書館が戦場と化す。閉館される思い出の場所を、友人とともに見納めにきた昆虫学者の卵・沖野国明。そこで女子高生・百合香と友達の3人組に出会う。やがて不気味なモーター音が鳴り響く。フィールドワーク体験を生かし、虫捕りの要領で毒針ラジコンヘリをかわしていく沖野。姿を見せぬ襲撃者の目的は何なのか。閉鎖状況に追い込まれた人間達の心理を描いて秀逸な書き手が、「真夜中の図書館」という閉鎖空間に挑戦します。

著者が会社員と二足の草鞋を履く兼業作家ということは周知のことだが、本書に関して文藝春秋社のサイトにエッセイが掲載されていたのでリンクしておこう。

◆兼業作家と取材
http://hon.bunshun.jp/articles/-/22

上記を読むと、著者が「冒険小説」を志向して本書を執筆したことが伺える。そのような志向があったが故か、著者お得意の登場人物たちのディスカッションが、従来までの作品の中で最も薄くなっている。それをどのように感じるかは人それぞれだろうが、当方には物足りなく思えた。

ストーリーで言えば、首謀者がわりと早めに読者にわかってしまう。冒険小説という捉え方をすればそれはそれでかまわないのだが、本書では全体のサスペンスを減殺しているように感じられる。

有体に言えば、著者の持ち味が発揮されていない作品ということ。もちろん、つまらないということはないし読んで損したということはないのだが。


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香納諒一:『噛む犬 K・S・P』(徳間書店) [book]

噛む犬 K・S・P

噛む犬 K・S・P

  • 作者: 香納諒一
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2011/01/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

四十路を過ぎてからの短期記憶の衰えについては驚くべきものがある。朝、シャワーを浴びようとしてガスの元栓をオンした後に、風呂場で「あれ? 元栓、オンしたっけ?」と、素っ裸で部屋をうろつくのが日常になってきている。ほとんど病気である。

したがって、読書についてもシリーズものにはおいそれと手が出せない。もちろん、前巻のあらすじなんてさっぱり忘れてしまうからだ。いっそ清清しいくらいの忘れっぷりである。そのくせ、学生時代に読んだものは存外に忘れていなかったりする。年をとるというのはこういうことなんだね。


内容(「BOOK」データベースより)
新宿副都心の高層ビル群の一角に沖幹次郎、村井貴理子らK・S・P特捜部が駆けつける。植え込みから白骨死体が見つかったのだ。身元は警視庁捜査二課の溝端悠衣警部補。貴理子が敬意を寄せる先輩だった。死亡前の動向を探ると、未解決の轢き逃げ事件を単独捜査していた形跡が浮上。被害者は暴力団組員で、溝端は保険金の受取人である婚約者とも接触していた。彼女が突き止めようとしていたものとは?やがて警察組織と政財界の闇が口を開く―。

さて、本書は周知のように「K・S・P(歌舞伎町特別分署:Kabukicho Special Precinct)」シリーズの最新刊。主人公の沖幹次郎を中心とした警察官たちの活躍を描いている。これまで、ヤクザ/チャイニーズマフィア/警察の三つ巴の闘いを描いてきたのと異なり、三巻目はシリーズの中でも間奏曲といった内容となっている。

当然のことながらストーリーはゆるやかに関連している部分があるのだが、2008年の9月に読んでいた前作の内容をほぼすべて忘れてしまっているので往生した。読み返そうにも自宅においてあるのでそうもいかない。もうシリーズものにはおいそれと手(以下略

閑話休題。最近の著者の作品と同様に、複雑なプロットを登場人物たちの科白で補足説明するという書き方は正直なところ好きになれない。せっかくのストーリーテラーがもったいない、という感じだ。

あと、冒頭に女刑事が白骨死体で発見されるのだが、捜査につれて浮かび上がる彼女の肖像がストーリーの核になってくるかと思いきや、そのあたりがあっさりしていて物足りない。人間を描くということで言えば、出家した元ヤクザの組長に著者の興味が移っていったようだ。

それでもね、やはりヒリヒリするような雰囲気とか臨場感や、著者の作品では珍しい主人公・沖の強烈なキャラクタなどで読ませることには間違いない。繰り返しになるが、シリーズの幕間といった位置付けの作品なので、次作では壮大なフィナーレが用意されている予感がする。期待したい。


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佐伯啓思:『現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話』(筑摩書房) [book]

現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話 (ちくま新書)

現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話 (ちくま新書)

  • 作者: 佐伯 啓思
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/06/08
  • メディア: 単行本

Amazon.co.jpの2010年度の和書出版社別年間売上ランキングを見ると、23位の早川書房は2009年度から14位もランクアップしていることが見て取れる。これすなわち、『 これからの「正義」の話をしよう 』のベストセラー入りが主要因だろう。当方もSONYのReaderのローンチ・タイトルだったから電子書籍で購入し一応は読了している。そう、"一応"なのである。

前半部の「1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?  金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか?  前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務はあるのだろうか――」という具体的な問いかけによる思索はわかりやすかった。

ところがね、後半部になるとどうも難解になってくる。正直なところ、読み進めるのが苦痛に近いものがあった。だから、自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、どういう客層がこの本を購入し、そのうちどのくらいが読了できたのか、どれくらいの人が理解できたのか、興味深いところではある。推測するには当方と同世代前後の会社員か、やはり学生だろう。あるいは、テレビ放送を視た層なのだろうか。

当然、といっていいのか悪いのかわからないが、話題になった番組の『ハーバード白熱教室』の後にその日本版が放映されるようになったり、同書の柳の下の泥鰌を狙う出版社が雨後の筍のように現れてくるのもままあることだ。


内容(「BOOK」データベースより)
「なぜ人を殺してはいけないのか」「なぜ民主主義はうまくいかないのか」―現代の社会の抱えるさまざまな難問について、京大生に問いかけ、語り合う。若い学生たちの意外な本音から、戦後日本、さらには現代文明の混迷が浮かび上がってくる。旧来の思想―戦後民主主義や功利主義、リベラリズム、リバタリアニズムでは解決しきれない問題をいかに考えるべきか。アポリアの深層にあるニヒリズムという病を見据え、それを乗り越えるべく、日本思想のもつ可能性を再考する。

本書はそんな柳の下の泥鰌と一線を画す、というわけではなく、著者自身が前書きでサンデルの講義を意識したうえでの講義録であることを語っている。柳の下の泥鰌そのものといえるのだが、不味かったのかというとそんなことはなく当方にはとても愉しめたのだった。

単純な脳、複雑な「私」 』でもそうだったのだが、講義録という形式を当方が好んでいるということが一因。単純に、語りかけるという行為と、聴講する人との論議がわかりやすさを生むということがある。

特に、具体的な事例を基にリバタリアニズム・リベラリズム・功利主義・ポストモダニズムのそれぞれの立ち位置について説明する場面が当方にとっては白眉だった。もちろん、それぞれの思想はそんなに単純なことではないのだろうが、初心者にはとっつきやすい説明だった。

また、時事ネタを材料にしながら討議するというのもわかりやすい。尖閣諸島の件を題材にして「国を守る」とはどういうことなのか、という問いかけは蒙を啓かれた感がある。

浅学にして著者のことは知らなかったが、他の著作を読んでみようという気を起こさせる一冊。もちろん、哲学・思想関連の書物は人の好悪が激しく別れるから声高にお奨めはできないが。


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ドン・ウィンズロウ:『サトリ<上・下>』(早川書房) [book]

サトリ(上) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

サトリ(上) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

  • 作者: ドン・ウィンズロウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
サトリ(下) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

サトリ(下) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

  • 作者: ドン・ウィンズロウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

かつてコードウェイナー・スミスをSF界の「ワン・アンド・オンリー」の作家と評した人がいた。当方にとっては本書の原典となる『シブミ』を書いたトレヴェニアンもエンタテイメント本におけるワン・アンド・オンリーの作家といいたい。

なぜそんなことを思ったかといえば、世代は違うんだけど、双方とも覆面作家であったことや、その最終的な職業が大学の教師であったこと。そして、スミスで言えば「人類」、トレヴェニアンで言えば「国家」という存在を冷徹なまでに相対化している観点が共通している。それぞれのジャンルについて、これほど「知的」な作家はめずらしいと思うのだ。

さて、お読みになった方はご存知だろうが、実はその『シブミ』は妙ちきりんな小説で、一般的には冒険小説というジャンルに属するんだろうけど、少年時代に日本で過ごした主人公のニコライ・ヘルの物語が続いたかと思うと、その後は洞窟冒険譚になったりして一向に本題に入らない。

また、全体に流れるアメリカホラ話風ユーモアがすばらしい。たとえば、ニコライ・ヘルは写真に写りにくいとか、武器を一切使わない<裸-殺>という暗殺技術に関する著者のすっとぼけた説明、そして最後に姿を現す敵方の巨大組織の首魁の正体など、なんだか妙に笑えるものがあるのだ。そして実は、トレヴェニアンにとってそのユーモアは「国家」とか「組織」に対しての皮肉であり武器だったのだと思う。

本書は、その『シブミ』の前日譚で、主人公ニコライ・ヘルの若き日を描いたもの。読了して原典との最大の違いとして感じたのは、そのすっとぼけたユーモアが欠けていることだ。言い換えると、「国家」という存在に対する観点がトレヴェニアンとウィンズロウでは違うということだ。その観点がが異なる以上、残念ながら『シブミ』と本書は分けて考えなければならない。

ということを除けば、本書はエンタテインメントとして非常に優れている。特に80年代冒険小説を好んで読んだ層には懐かしさが感じられるに違いない。短い章立てで登場人物たちの視点を変えるスピーディーな構成や、冒険スパイ小説の典型といえるようなストーリーなど、読み物としての愉しさは十分にあり読んで損はない。

繰り返しになるが、『シブミ』の雰囲気を求めるとこれじゃない感があるので古くからのトレヴェニアン・ファンは用心すべき。あと、版権価格の絡みだろうが、この文字数で本体価格1,600円の上下巻は残念ながらコストパフォーマンスは低いといわざるを得ない。


シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: トレヴェニアン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/03/10
  • メディア: 文庫
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: トレヴェニアン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/03
  • メディア: 新書

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高野和明:『幽霊人命救助隊』(文藝春秋) [book]

幽霊人命救助隊 (文春文庫)

幽霊人命救助隊 (文春文庫)

  • 作者: 高野 和明
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)
浪人生の高岡裕一は、奇妙な断崖の上で3人の男女に出会った。老ヤクザ、気弱な中年男、アンニュイな若い女。そこへ神が現れ、天国行きの条件に、自殺志願者100人の命を救えと命令する。裕一たちは自殺した幽霊だったのだ。地上に戻った彼らが繰り広げる怒涛の救助作戦。傑作エンタテインメント、遂に文庫化。

著者の作品は初読。第47回の江戸川乱歩賞受賞作家だが、一連の同賞受賞作品をリアルタイムに読んでいたのは『 テロリストのパラソル 』までだったから著者の作品は読んでいないのだ。

もともとが脚本家だったらしいので、その映像を意識した作りには納得できるものがある。ちなみに、映像化する場合に当方がキャスティングするなら主人公の裕一役には松山ケンイチ・美晴役に栗山千明・八木役には泉谷しげる・市川役には小日向文世、というところか。月並みだけどね。

閑話休題。本書は現代日本社会の課題のひとつである「自殺問題」に斬り込んだ作品。重いうえに明るい題材とはいえないのだが、そこは主要登場人物(幽霊)たちに微妙な世代間ギャップを与え、そこからくる笑いによって雰囲気を和らげるという技術が盛り込まれている。

一方で、四名の人となりに関する書き込みが薄いような気がした。元やくざの八木以外の印象が薄いのだ。それは彼らが救出しようとする自殺希望者たちの人生を浮き彫りにするためということなんだろうが、少し物足りなかったのは確かだ。

また、自殺という行為と密接な関係にある「うつ病」についての説明が些か大括りすぎやしないか、という印象もある。そう簡単に病院に行けないとか、精神疾患に対する忌避感は誰しも持っているだろう。もちろん、そこには著者の「まずはお医者さんに相談」という思いも込められてのことだろう。

と、なんだか文句が多いのだが、終盤も押し詰まってからの展開には目を見張るものがある。油断していたこともあったのだが、「お、そういうふうにきたか」と当方としては意想外のものだった。そして、ラストで示される四名の思いに、恥ずかしながら涙してしまった。

軽妙なエンタテインメントの装いをまといながらも、全体に流れる人生を肯定しようとする姿勢が本書を不思議な人間賛歌にしている。「どうよ?」とひとに訊かれたら、当方は「好きだね」と答えるような作品。


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石持浅海:『人面屋敷の惨劇』(講談社) [book]

人面屋敷の惨劇 (講談社ノベルス)

人面屋敷の惨劇 (講談社ノベルス)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/08/04
  • メディア: 新書

内容(「BOOK」データベースより)
東京都西部で起きた連続幼児失踪事件。我が子を失った美菜子はじめ6人の被害者家族は、積年の悲嘆の果てに、かつて犯人と目された投資家、土佐が暮らす通称「人面屋敷」へと乗り込む。屋敷の中で「人面」の忌まわしき真相を知った親たちの激情は、抑えがたい殺意へと変容。さらに謎の美少女が突然現れたことで、誰もが予想すらしなかった悲劇をも招き寄せていく。論理(ロジック)×狂気(マッドネス)。気鋭のミステリー2011年進化型。

いやはや、えれえもん読んぢまったというのが読後の第一印象。従来の著者の持ち味に講談社の新本格テイストを加えたような感じ。いや、新本格ってほとんど読んだことがないのだけどね。

これまでの著者の作品のクローズドサークルものは、虚実皮膜のかろうじて「こちら側」にとどまっていたような気がするが、本書では向こう側に突き抜けてしまったようだ。いや、向こう側がどっちだかよくわからないのだが。

もちろん、従来からの(当方を含めた)著者のファンは止められたって読むのだろうが、初めてで耐性のない人が読んだら「なんじゃこりゃ!」と怒るかもしれない。そのくらいの摩訶不思議感がある作品。くれぐれもお取り扱いには注意を。


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矢作俊彦:『引擎/ENGINE』(新潮社) [book]

エンジン/ENGINE

エンジン/ENGINE

  • 作者: 矢作俊彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/05/31
  • メディア: 単行本

タイトルの「引擎」は中国語で「エンジン」を意味し、「ピンイン:yǐnqíng」と発音するらしい。ネットで検索しただけなんだけどね。ちなみに本書は新庁舎新潮社の雑誌「ENGINE」に2004年に連載されていたもの。


高級外車窃盗団を追う築地署の刑事・游二(りゅうじ)の前に、その女は立ちふさがった。ティファニーのショウウインドーに.30カービン弾をぶちこみ、消えた女。魔に取り憑かれたかのように、彼は女を追い始める。宝石店襲撃、刑事殺し、高級車炎上、ビル爆破……息もつかせぬ緊迫の展開。著者渾身の傑作! 銃弾で描いた狂恋。

ということもあってからだろう、本書は高級車の窃盗団を追う警察官たちのシーンから始まる。以降、著者の作品年としては珍しいバイオレンスシーンが続く物語となっている。そうはいっても、矢作節は相変わらずで、登場人物たちのワイズクラックの応酬が愉しめることは間違いない。

あと、主人公の游二が品川の海っぺりに住んでいたりと、二村シリーズを髣髴とさせる部分もある。やはり、著者の小説には海とか運河のある街が似合うような気がする。

警察小説、あるいは暗黒小説を思わせる筋運びを読んでいくと、いつのまにかその様相を変えてくるという手管を、わかりにくいと感じるか否かでその印象が違う小説だ。当方はわかりやすいと思ったクチで、そこに少しばかりの物足りなさを感じた。とはいえ、いまだに新刊で著者の小説を読めるというのはうれしいことだ。


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矢作俊彦,司城志朗:『百発百中』(角川書店) [book]

百発百中  狼は走れ豚は食え、人は昼から夢を見ろ

百発百中 狼は走れ豚は食え、人は昼から夢を見ろ

  • 作者: 司城 志朗
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/09/25
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
八ヶ岳の南東に広がる高原を縦断する単線鉄道のマイアミ駅―もともとは舞網と書いていたこの駅のあたり、バブルの頃に街ぐるみで観光地としての開発を進めたが、いまでは面影もなくゴーストタウンの如くといった様。橘秀次郎と大槻政太郎の二人が、友人の遺言のために訪れようとしている、ネクストワールドと名付けられたゴルフ場と温泉付きの老人ホームもいまや経営者が逃げ銀行管理になってしまっていた。遺品を渡したらとっととその場を去るつもりだった二人は行きがかり上しばらくホームを手伝うことになるが、見えてきたのはレジャー開発企業の土地再開発の計画だった…。

あれ、出版されたのはほぼ一年前なんだね。ぜんぜん意識していなかった。いつごろから部屋の本の山の中に埋もれていたのかは定かではないが、何気なく読み始めたらしっかりとした面白さで読みきってしまった。

鹿爪らしくなりがちな題材でありながら愉しく読み進められたのは、コメディタッチといえる雰囲気ゆえだ。特に主人公二人である秀と政のやり取りがしゃれている。前半部分は、その二人が"中国"に行く羽目になった技術を、ホームの老人たちに伝授するというもの。

後半以降が本書のメインストーリーとなるのだが、委細を記述するとネタバレになるので割愛。細かいところでは、「そこは、うまくいきすぎなんじゃない?」という都合のよさは見受けられるのだが、そこが気にならない展開の妙がある。

いわゆる強奪小説に義賊モノのスパイスを振りかけた作品といえる。主人公たちに感情移入できるか否かが評価の分かれるところだろうが、当方は素直に愉しめた。


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都筑道夫:『宇宙大密室』(東京創元社) [book]

宇宙大密室 (創元SF文庫)

宇宙大密室 (創元SF文庫)

  • 作者: 都筑 道夫
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/06/21
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)
初期の日本SF界を支えた名手による唯一のSF短編集。流刑星にただ一人閉じ込められた囚人はいかにして殺害されたか。あなたは60年後に殺された、と言って訪ねてきた男。自殺には一千万の税金がかかる時代に無一文で自殺に成功する方法とは。奇抜な着想と洒脱な筆致の短編17編に加え、書籍初収録の幻の中編SFスリラーと、SF出版人としての業績をたどるインタビューを収めた。

著者の作品を読むのは何年ぶりだろう。『 三重露出 』を昔々に読んだ覚えがあるきりだ。今回は著者のSF短編集ということで入手、読んでみた。

結論から申し述べると「巧い!」の一言だ。プロット派というか技巧派というか、あきらかに細部を決めてから執筆するタイプのように思える。その点では、岡嶋二人(と井上夢人)がその衣鉢を受け継いでいるように感じる。

で、本作では、ウリになっているSF作品の出来よりも、なぜか当方には「鼻たれ天狗」シリーズが愉しく読めた。いわゆる艶笑譚なんだが、そこには古き良き日本語のリズムが刻み込まれていて心地よい。

あと、「忘れられた夜」という作品がすごい。(おそらくは)よくあるハルマゲドン後の都市を描いた小説で、そのイメージ自体はありふれたもの。でもね、そのイメージが昭和45年に書かれていたということがすごい。当然のことながら「マッドマックス」や「北斗の拳」より昔のことだ。本作品集の中では異彩を放っているといえる。

良くも悪くも職人作家ということであまり売れているという印象はない著者だが、依然として復刊されているということは、この手の作風にニーズがあるということにちがいない。電子書籍でも何冊か発売されているので機会あらば読んでみることにしよう。


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横田増生:『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日新聞出版) [book]

潜入ルポ アマゾン・ドット・コム (朝日文庫)

潜入ルポ アマゾン・ドット・コム (朝日文庫)

  • 作者: 横田 増生
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2010/12/07
  • メディア: 文庫

単行本を購入して読んだのに、意識的に再読してしまった。というのは、文庫版である本書の第二部にあたる部分が書き下ろしだったからだ。こういうときに電子書籍で出版されれば場所をとらないで済むのに、と思う。とはいえ、再読とはいっても、中年期に入ってからの記憶の去り行くスピードは著しく、意外に愉しく読めてしまったのは痛し痒しだ。


内容(「BOOK」データベースより)
アマゾンジャパンの物流倉庫に、ひとりのジャーナリストが潜入する。厳しいノルマとコンピュータによる徹底的な管理。そしてアマゾン社員を頂点とする「カースト制度」のなか、著者が目にした「あるもの」とは…。驚異的な成長の裏に隠された真実に迫る。

で、初めて読んだときに感じた違和感は、再読時にも感じたことを申し述べておかねばならない。すなわち、本書のテーマのひとつにアマゾンに潜入して同社の非情な労務管理体制を暴露するということがあるようなのだが、その点で、「これが非情か?」と感じたことである。

こういっちゃなんだが、本書で描かれている程度の労働はある意味ではなまっちょろいものと思えるのだ。当方は大学時代にアルバイトでファミレスのコックさんとして4年間働いたが、あのときの凄まじい状況に比べればなんてことはない、という感じだ(非情、というよりはキツい、ということだが)。ほんと、仕事で追われる夢で魘されたくらいなのだから。

一方で、その時分では厳しく管理された覚えはなかったし、ほんのちょっとしたことぐらいなら自分の裁量で動けたことはある。あるいは、最終的には朝の時間帯ではアルバイトの癖に一人だけで厨房を任されたりした。そう、時給は安かったけれど、働き甲斐はあったのだ。

本書で描かれる労働の現場が、パート/アルバイトにとって働き甲斐だとか自己の裁量とあまり関係ない職場であるということは、確かに「格差」を感じさせる部分ではある。でもね、それゆえにアマゾンの流通センターが非人間的な現場であるというような筆致に違和感を覚えたのだ。

と、そういった文句を別にすれば、著者の行動力や調査力には舌を巻く。何気ないアルバイト間の情報から同社の売上を推測したりする場面なんかは秀逸なシーンと思う。読みやすくわかりやすい文章ですいすいと読めるところも良い。第二部におけるマーケットプレイスの動向などは初耳のことも多く、単行本で読んだ人も再読してみて欲しいという一冊。


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野村進:『調べる技術・書く技術』(講談社) [book]

調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)

調べる技術・書く技術 (講談社現代新書 1940)

  • 作者: 野村 進
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/04/18
  • メディア: 新書

著者の作品は意外に読んできている。大宅賞受賞作の『 コリアン世界の旅 』をはじめとして、『 救急精神病棟 』や『 千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン 』と、いずれも著者の作品と意識せず手に取ったのが不思議だ。多分に著者の選ぶ題材が当方の関心に引っかかるものがあったからだろうと推測される。


内容(「BOOK」データベースより)
テーマの選び方、資料収集法、取材の実際から原稿完成まで、丁寧に教える。これがプロの「知的生産術」だ!

さて、本書はノンフィクション作家やルポライタ、あるいはいわゆる記者(新聞や雑誌ほか)を目指す人向けに書かれているもの。だからなのかどうかは判然としないが、書く技術というよりはむしろ調べる技術に紙幅が多く割かれている。

就中、インタビューの技術のヴォリュームが多い…という印象があったのだが、冷静に目次を見てみるとそんなこともない。逆に言えば、そんな印象を受けたのは、インタビューという営為がノンフィクションを執筆するに当たっての重要事項と著者が捉えている証左に違いない。

「調べる」ことは、正しい場所(現場から図書館まで)や正しい情報源、そしてきちんとウラを取りさえすれば一定程度の水準までは達することは可能だろう。しかし、生身の人間と相対し有益な情報を得るということは、それまで得た情報を後ろ盾にしてなお、五感を研ぎ澄まして臨まないと成果を得るのが難しいと、そんな主張を読み取ることができる。

弊ブログをご覧の方は、当方がルポやノンフィクションというジャンルは好んでいるのはおわかりだろうが、読んでいる当人は、これほどの技術が必要とは思い至らなかったということがある。書き手たちは、まずは胆力、そして場数を踏んでスキルを向上させているんだろう。恐れ入ってしまう。

当方はもはや、そういった道に入り込むにはロートルではある。じゃあ、なぜ手に取ったのかといわれると良くわからないというのが不思議なのだが、やはり本書はルポライターなどを目指す若者向けという位置づけだ。 とはいうものの、ノンフィクション作家の執筆の舞台裏を覗けるという意味では愉しい読書になったのであった。


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内田樹(選),高橋源一郎(選)『嘘みたいな本当の話』(イースト・プレス) [book]

嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト

嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2011/06/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

内容(「BOOK」データベースより)
泣いた、笑った、驚いた! 日本中から届いた149の実話たち。

[日本版]、とわざわざ書いてあるくらいだからもちろん海外版もあるのであって、それはすなわち米国版が本家である。本家はあのポール・オースターが"ラジオ番組のために全米から募り、精選した「普通の」人々の、ちょっと「普通でない」実話"というもの。その米国版を基に、内田・高橋両氏が編纂したのが本書というわけ。

そういう位置づけのものだからさくさく読めることには間違いない。なにしろ字数制限が1,000字だし、短いものだと1行で9文字なんてものもある。その内容とか特色については、本書の内田氏の序文で言い尽くされている感があるので当方がどうのこうの言う余地はない。

ひとつだけ言うことがあるとしたら、それは本書に収められた掌話群が非常に洗練されているということ。スマートなんだよね。そこが物足りないという印象は持ってしまった。正直に申し上げて、インパクトという部分では、日本最大の電子掲示板サイト「2ちゃんねる」における掌話のほうが上だ。例として、当方のgoogleブックマークにあるものの一部を列挙しておこう。

◆ほんわか2ちゃんねる 理想的親子像
http://honwaka2ch.blog90.fc2.com/blog-entry-6811.html

◆育児板拾い読み@2ch 兄「念のために、お年玉持ってきた。」
http://ikuzi2.blog73.fc2.com/blog-entry-11810.html

◆ほんわか2ちゃんねる うちの猫は漏れを自分の子供だと思ってるフシがある
http://honwaka2ch.blog90.fc2.com/blog-entry-3498.html

もちろん、嘘みたいな嘘の話なのかもしれないけれど、それは本書におけるエピソード群だって嘘っぱちの可能性はある。それでも、電子掲示板に書き込まれたこれらのエピソードには良い意味での泥臭さがあり当方には好もしい。

なんてことを言ってはいるが、もちろん本書も1,050円でこれだけ愉しく読めるのだから侮ってはならないと思う。透き間時間にのんびりと読んで、自分の好みのエピソードを見つけるという楽しみがある一冊として読んで損はないです。


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玄田有史:『希望のつくり方』(岩波書店) [book]

希望のつくり方 (岩波新書)

希望のつくり方 (岩波新書)

  • 作者: 玄田 有史
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/10/21
  • メディア: 新書

著者の本を初めて読んだのは『 仕事のなかの曖昧な不安 』だった。同書に深く感銘を受けたこともあり、ネットで著者を検索していたら、なんというシンクロニシティ、数日後に講演会があるではないか。応募メールを検索してみたら、2003年の4月に開催されていた。

当時の職場に程近い中央大学駿河台記念館の680号室で開催されたそれは、著者がニート―フリーターでもなく失業者でもなく 』を出版する前で、マスコミにもそれほど名が知られていなかったためか、数十人規模のこじんまりとしたものだった。

講演会の内容は、『仕事のなかの~』の主張を基にしたものだから新味はなかったように記憶している。ただ、出席者数が少数だったからだろうか、玄田氏が参加者に質問をしてそれに答えるという学校の授業のような形式だったのが印象的だった。

実は当方も同氏に質問された。「今現在の失業率は?」というものだった。たまたま、その数値を知っていたので答えることができた。いやあ、それでもどきどきしたよなあ。


内容(「BOOK」データベースより)
希望は与えられるものではない、自分たちの手で見つけるものだ。でも、どうやって?著者が出会った、さまざまな声のなかに、国の、地域の、会社の、そして個人の閉塞した現状をのり越えて、希望をつくり出すヒントをさがしていく。「希望学」の成果を活かし、未来へと生きるすべての人たちに放つ、しなやかなメッセージ。

本作についても、著者の主張は一貫している。悪く言えばワンパターンだ。「ウィーク・タイズ」というタームや、「人間、壁にぶち当たったらどうするか」という問いに対する解も同一。

で、当方はその一貫している主張が心地よく思えるのだ。とにもかくにも、自分の言いたいことを少しでも人口に膾炙させたいという著者の思いが伝わってくるということだ。本書のテーマとなっている「希望学」についても、『仕事のなかの~』から連綿と続いている主張が昇華されたものと理解している。

その「熱さ」をどのように捉えるかによって評価は変わってくるかと思うのだが、当方は単純に好きなので、本書もお奨めできる一冊といえる。


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山田順:『出版大崩壊』(文藝春秋) [book]

出版大崩壊 (文春新書)

出版大崩壊 (文春新書)

  • 作者: 山田 順
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/03/17
  • メディア: 新書

ここのところ読書量が減っている要因がつかめない。いや、ゲームなどをちょろちょろプレイしてしまっているというのはある。それでもね、月に三冊程度というのは惨憺たる有様だ。要するに気分の問題だろうから、いずれは回復するものと思ってはいるが。さて、下記をみると、そうはいっても当方はヘビーユーザーに位置づけられてしまうようだ。

◆日本の年齢階層別 読書人口  (寄稿:冬狐洞隆也氏):【 FAX DM、FAX送信の日本著者販促センター
   http://www.1book.co.jp/004012.html

まあ、購入冊数だけで言えば超ヘビーユーザーだから、出版業界への貢献度は高いといっていいだろう。読書メーターの積読冊数は146冊だ…orz


内容(「BOOK」データベースより)
著者は2010年5月、34年間勤めた出版社を退社し、これまで培ってきた人脈をネットワーク化して電子出版のビジネスに手を染めてみて。そうしていま言えることは、「電子出版がつくる未来」は幻想にすぎず、既存メディアのクビを絞めるだけだと思うようになった。

著者は、あのカッパの光文社を退職してフリーになった人。そのあたりについては下掲に詳しいと思う。

閑話休題。通読すると、前半部分の電子出版全般の動向やハードウェア(iPadやkindle)の普及に関する話題は既知の事柄が多く、この調子で続くのかなと思っていた。

ところが、後半からの「電子出版の収益構造」あたりから迫力が増してくる。というか、電子出版というのはそんなに儲からないのか、と驚く。もちろん、それらは既存の仕組みに乗っけてやろうとするから無理があるのだろうが。

全体的には「出版大崩壊」というタイトルと「電子出版」に対する考え方が有機的に結びついていないという印象は持ったものの、ところどころに鋭い指摘があるところはさすがと感じた。

で、実はそんなことよりも当方が驚いたのは著者のぶっちゃけ振りだ。たとえば「海賊版」に関する記述や読書する層について。


(前略)北京でも上海でも露店に行けば、正規版と並んで海賊版が堂々と売られている。
私も一消費者としてはその恩恵にあずかっているので書きづらいが、中国に行ったときに、書籍は別として、CDやDVDからPCソフトまで、海賊版以外は買ったことがない。

131ページ
 

リテラシーの高い人と低い人はいくらインタラクティブだの、ソーシャルメディアだと言おうと、コミュニケーションできない。誰が、自分より知能程度や能力が低いと思われる人間のフォロワーになるだろうか?
リコウはリコウと交信し、バカはバカと交信する。これが低度情報化社会で、ネットの本質だとしたら、そこで起こることは「悪貨は良貨を駆逐する」ということではないだろうか。

214ページ
 

なかなかどうして、言いたいことを言ってらっしゃる。うーむ、Twitterあたりでやったら炎上間違いなしだな。その点では、やはり出版というのは牧歌的なのだなと思った次第。


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マイケル・ルイス:『マネー・ボール』(武田ランダムハウスジャパン) [book]

マネー・ボール (ランダムハウス講談社文庫)

マネー・ボール (ランダムハウス講談社文庫)

  • 作者: マイケル・ルイス
  • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
  • 発売日: 2006/03/02
  • メディア: 文庫

ひとり暮らしが三年目ともなると、ひとり居酒屋はもちろんのこと、ひとり焼肉やひとり回転寿司も怖くなくなってくる。そのときには手持ち無沙汰なので文庫本を小脇に抱えて行ったりするのだが、多くの場合、数ページで読むのをやめてしまう。ところがね、本書は喧騒の居酒屋に一人いながら三分の二を読みきってしまった。もちろん、それくらいおもしろくて夢中になれるということだ。


内容(「BOOK」データベースより)
メジャーリーグの球団アスレチックスの年俸トータルはヤンキースの3分の1でしかないのに、成績はほぼ同等。この不思議な現象はゼネラルマネージャーのビリー=ビーンの革命的な考え方のせいだ。その魅力的な考え方はなんにでも応用できる。マイケル・ルイスはこの本で、その考え方を、切れ味のいい文体で、伝記を書くように書いた。ここには選手たちがたどる数々の人生の感動と、人が生きていくための勇気が溢れている。

梗概に記述されているように、アスレチックスが異色であることは、はなしには聞いていたが、どうやら映画化されるらしいことを知り文庫ということもあって入手したのだった。どのように異色であるかといえば、これまた梗概にあるようにコスト対パフォーマンスが異常に高いと言うこと。

実際、本書で描かれる中心人物であるアスレチックスのゼネラルマネージャーのビリー・ビーンが「1997年10月にGMに就任してから、2007年度シーズン終了時点までの10年間に積み上げた白星は、ヤンキースとレッドソックスに次ぐアメリカン・リーグ三位の901個。この間、チームをプレーオフに5回導いている」とのこと。詳しくは下記リンクを参照ということで丸投げしておこう。

◆ビリー・ビーン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%B3

なぜそんなことが可能だったのか? 一言で言ってしまえば、勝率を上げるための要素分析の結果、従来まで重要視されてこなかった要素を評価の基準にしたということだ。一例を挙げれば、「出塁率」というものがそう。ちなみに、本書では意外にその細部については触れられていないので、読もうと思われている方は事前に上記のWikipediaの記事を参照しておくことをお奨めする。

当方が興味深く思ったのは、ビリー・ビーンの片腕とも言えるポール・デポデスタという人物。ハーバード大卒の秀才でプロ野球未経験者の彼が、冷徹にシーズンの見通しを立てるシーンは秀逸(193~194ページ)。プレーオフに進出するための勝ち数95勝・得失点差135点をはじき出した彼はこう言う。


「95勝上げてプレーオフに出られないケースはほとんどありません」とポールは言う。「もし95勝してだめだったら、それはそれでいいんです」
 

なんだか、プロ野球球団組織に属する人物とは思えない。本書のおもしろさは、セイバーメトリックスの考え方を導入した弱小球団がいかに躍進したのか、という面がもちろん大きい。けれど同等かそれ以上に、これまで主流だった野球に対するアプローチに捉われずに「我が道」を行く人々を描く「畸人伝」のおもしろさがあると思う。

最後に、歯切れが良く読みやすい翻訳もリーダビリティの高さに貢献していると感じた。翻訳モノというと読みにくいと思っている方にもお奨めできる秀作だ。


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井上夢人:『あわせ鏡に飛び込んで 』(講談社) [book]

あわせ鏡に飛び込んで (講談社文庫)

あわせ鏡に飛び込んで (講談社文庫)

  • 作者: 井上 夢人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/10/15
  • メディア: 文庫

先日エントリした『 ダブル・プロット 』の著者である岡嶋二人のコンビ解散後の一人である井上夢人の作品集。『ダブル~」を読み終わった後に積ん読本の山を見るとなぜか買ってあった本書が目に入ったので手に取る。

ここ数週間、お昼休みなどのコマギレ時間では短編集、就寝前の一時間程度で長編を読むというサイクルだったのだが、本書はその愉しさゆえに就寝前にも読み進めたのだった。


内容(「BOOK」データベースより)
幻の名作「あわせ鏡に飛び込んで」をはじめ、瞬間接着剤で男をつなぎとめようとする女が出てくる「あなたをはなさない」、全篇、悩み相談の手紙だけで構成されたクライムミステリー「書かれなかった手紙」など、選りすぐりの10篇を収録。精緻に仕掛けられた“おとしあな”の恐怖と快感。

読了しての感想を申し上げると、巧い、としか言いようがない。間違いなくお奨めできる。なんだろうね、この巧さは。『ダブル・プロット』では、誠に僭越ながら「先が読めてしまう」とエントリしたのだが、本書の各短篇は短篇ながら先を読ませないおもしろさがある。

岡嶋二人時代の経緯を記した『 おかしな二人 』によれば、執筆は井上氏が主であったと記憶している(うろ覚えだが)。小説の巧さということでは、『ダブルプロット』所載の1980年代に書かれた短篇と十年後に書かれた本書のそれを比べると、あきらかに向上していることに驚く。

そういう意味では、『ダブル・プロット』所載の「ダブルプロット」(表題作ね)における著者と思しき人物の独白は示唆的だ。


世の中には、書きながら小説を作っていく人と、話のすべての骨組みが出来上がってから原稿用紙に向かう人がいるらしいが、ぼくらの場合は後者である。

『ダブル・プロット』(438ページ)

また、本書の巻末の大沢在昌との対談では下記のように発言している。


(前略)プロット派というのかな。構図とか構造のほうから入っていって、次にキャラクターを考えるというつくり方。

本書(395ページ)

とのことで、換言すれば、当方の理解では同じ作家でも「憑依型」と「技術型」の二種類があるということ。本書の著者はまちがいなく「技術型」であり、その技術が年々向上していったのだろうなあ、と思ったのでありました。

それにしてもね、同じ巻末対談にもあるように、本書所載の作品のような「奇妙な味」の短篇を書く人が少なくなったという印象がある。 二昔前ならSF作家がその役を担っていたのだろうが、それも市場の縮小を反映しているということなのか。寂しいかぎりだ。


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岡嶋二人:『ダブル・プロット』(講談社) [book]

ダブル・プロット (講談社文庫)

ダブル・プロット (講談社文庫)

  • 作者: 岡嶋 二人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/02/15
  • メディア: 文庫

著者(たち)の小説は初期のころから読んでいて、なにしろ『 焦茶色のパステル 』は乱歩賞受賞時にハードカヴァーで購入していたりする。1982年の受賞だから30年前で、当方は中学生だったんだな。まったくイヤなガキだ。で、実は『焦茶色の~』は読んでもそれほど感心しなかったのを覚えている。さすがに中学生にはわからなかったのかね。

著者の真価が発揮された作品と当方が感じるのは『 そして扉が閉ざされた 』、『 眠れぬ夜の殺人 』、そして『 クラインの壷 』というオーソドックスなチョイス。そして、いつのまにか、講談社文庫が全タイトルを発刊している。編集者をはじめとする玄人衆に愛される作家なんだろう。いずれは全冊読破することにしたい。


内容(「BOOK」データベースより)
若い母親が死んだ真相と赤子の行方、フィルムに記録されていた驚くべき殺人手口、遅れて配達された年賀状に隠された犯罪…日本ミステリー界の至宝・幻の名コンビ岡嶋二人による傑作短編集。既刊の『記録された殺人』に、表題作を含めた3編の未収録作品を加え、再編成した文庫オリジナル。

梗概にもあるように、既刊の『記録された殺人』に未収録作品をプラスした再刊作品集。オリジナル版の刊行自体はコンビ期間の比較的後期のものだが、個々の短篇の多くの発表年次は乱歩賞受賞後から数年だから、内容的には初期作品集と言っていいだろう。

だからかもしれないのだが、ミステリとしては熟れていない、というか稚拙と感じられる部分はある。伏線の提出の仕方があからさま過ぎるし、それゆえに先が読めてしまう作品が多かった。そのあたりは短篇という形式上しょうがないのかもしれないが。

素晴らしいのは、そんな先が読めるような内容であっても、構成や会話の運びの巧さでスルスルと読めてしまうこと。このあたりは後期の魔術的なストーリーテリングの萌芽が見られる。当方は「送れてきた年賀状」、「迷い道」の二篇が好みかな。


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D・M・ディヴァイン:『五番目のコード』(東京創元社) [book]

五番目のコード (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

  • 作者: D・M・ディヴァイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/01/27
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)
スコットランドの地方都市で、帰宅途中の女性教師が何者かに襲われ、殺されかけた。この件を発端に、街では連続して殺人が起こる。現場に残された棺のカードの意味とは? 新聞記者ビールドは、警察から事件への関与を疑われながらも犯人を追う。街を震撼させる謎の絞殺魔の正体と恐るべき真意とは―読者を驚きの真相へと導く、英国本格の巧者ディヴァインの屈指の傑作が甦る。

いつものことながら、なぜ本書を手に取ったかはよく覚えていない。山になっている積読本の中から引っこ抜き、寝る前の一時間程度の読書の共としたのだった。英国(スコットランドだけど)の小説は一気読みではなくのんびりと読むのにあっていると思う。

なんの予備知識もなく読み始めたものだから、主人公がタイプライターを叩いているシーンに「ずいぶんと古いデバイスを使っているものだな」と思い確認すると、なんと原著は1967年の出版。当方の生まれる一年前じゃないかと驚く。

ところがね、読み進めると、時代性に起因する古めかしさがまったく感じられなかったのが好もしいところ。当方が古めかしくなりつつあることを割り引いてもそんなことを思わせなかったのは、端正な翻訳が理由の一つ。

そして主たる要因は、登場人物たちが時代を越えて共感できる普遍性を以て描かれていることだ。本書末尾の解説にもあるように、「ネオ・ハードボイルド」のような主人公の描かれ方であるとか、最近の海外テレビドラマと共通する雰囲気であるとか、そのあたりのおもしろさは充分に感じられた。

一方で、ミステリとしてのおもしろさだが、どうだろう。ミステリにケレン味を求める当方としては少しもの足りなかったとは言っておきたい。とはいえ、いわゆるシリアルキラーものがこの当時に書かれていたことの凄みはある。それが帯の惹句に書かれている「英国本格」とはリンクするかは疑問だが。

褒めているのか貶しているのかよくわからない文章になってしまったが、少なくともあと数冊は著者の作品を読んでみようと思わせる愉しみは感じられる一冊。


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三島浩司:『ダイナミックフィギュア〈上・下〉』(早川書房) [book]

ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

  • 作者: 三島 浩司
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/02/25
  • メディア: 単行本
ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

  • 作者: 三島 浩司
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/02/25
  • メディア: 単行本

本書の奥付を見ると発行日は今年の2月25日。著者は二週間後には天を仰いだにちがいない。主たる舞台となる場所は異なれど、シチュエーションのいくつかが妙に被ってしまったのは、やはり本書にとっては不幸だったといわざるをえないだろう。


内容(「BOOK」データベースより)
太陽系外からやってきた謎の渡来体が地球上空に建設した軌道リング・STPFは、地球の生物に“究極的忌避感”と呼ばれる肉体的・精神的苦痛を与える作用があった。リングの一部は四国の剣山に落下し、一帯は壊滅する。そこから発生した謎の生物・キッカイは特殊な遺伝メカニズムにより急速に進化し、駆逐は困難を極めていた。日本政府はキッカイ殲滅のため、圧倒的な力を持つ二足歩行型特別攻撃機・ダイナミックフィギュアを開発、栂遊星は未成年ながら従系オペレーターとして訓練を続けていた。しかし、巨大すぎるその力の使用には世界各国との不断の政治的駆け引きが必要とされ、遊星の人生もまた大国のパワーバランスや思想の対立に翻弄されていく―。日本SF新人賞作家が満を持して放つ、リアル・ロボットSFの極北。

それにしても、読み終えるまでにえらく時間がかかってしまった。いや、ほんとに途中でやめちゃおうと思ったぐらいだ。ストーリーテリングってなに? というくらいゆったりした展開。そして、群像劇ゆえに登場人物たちの多視点で物語が語られる手法はスピード感に欠ける面があった。あと、非常に生硬な文章がとっつきにくかったと言っておこう。

物語が本格的に駆動し始めるのが上巻の終盤からという印象で、下巻に読み始めてからは一気に読み切れたのは自分でも意外。生硬な文体も、当方にとっては高村薫のそれの味わいと重なったことは幸運といえる。登場人物の一人である蜂須賀あたりのキャラクタは高村作品から出張してきたのかと思ったほどだ。

いろいろ文句が多いが、とにもかくにも読み進められたのは「人間型ロボット兵器が登場する必然性」がどのように処理されているかが興味深かったから。結論としては、その必然性は納得できるものだった。というか、その必然性を語った初めての作品(小説・映像問わず)ではないか。それだけでも、エポックメイキングな作品だし、当方にとっては読了する価値があったわけだ。

ロボットの戦闘シーンなど、「汎用人方決戦兵器」の登場するアニメーションを彷彿とさせる部分があり、それは本書の非ではなく、いかにあの作品が強大な影響力をもっているのかがわかる。そのあたりも含めて、声高に他人に奨めるつもりはない作品だとは言える。


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ジャック・ヒギンズ:『鷲は舞い降りた』(早川書房) [book]

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: ジャック ヒギンズ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1997/

文芸学部国文科を卒業したくせに、基礎的な読書をしていないことに羞恥を覚えるときがある。夏目漱石は中学時代の読書感想文のために読んだ『こころ』くらいだし、森鴎外や太宰治なぞ読んだことがない。好きなはずのミステリやSFも同様。ミステリではクリスティやクロフツ・江戸川乱歩、SFではハインライン(『夏への扉』さえも!)や小松左京などが未読という体たらくだ。

本書についても、冒険小説は好きなジャンルなのに読む機会がなかった(正確には同じ著者の『脱出航路』や『ヴァルハラ最終指令』は読んでいるのだが)。いまさら何故にというのは、それはつまりは最近の小説がおもしろく感じられなくなってきているから。もちろん、当方が悪ズレしてきているということはあるだろう。けれど、当方が少年から青年時代にかけて読んだ小説は、なんだかもっとコクがあったような気がするのだ。

もちろん、それは気のせいかもしれない。テクニックとか情報などは、むしろ現代の小説のほうが優れているようにも思える。しかし、そそろそいい年になってきたこともあるし、残りの人生に読む本の三分の一くらいは名作といわれる小説を読むのもいいかもしれないと一念発起したのだった。


内容(「BOOK」データベースより)
鷲は舞い降りた! ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった! イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…。使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説―その初版時に削除されていたエピソードを補完した決定版。

著者のジャック・ヒギンズの出世作であり代表作であるとともに、冒険小説の金字塔と言われている作品。ところがどっこい、読了して感じたのは「これは冒険小説ではないな」というもの。別にくさしているわけではない。いくつか気になる点を除いては充分に愉しめるエンタテイメント作品には違いない。

冒頭では、梗概にあるノーフォークの寒村に別の取材で訪れた著者本人が語り部として登場、そして登場人物たちのその後を語るエピローグ部分にも再登場する。入れ子構造によるメタフィクショナルな効果を期待して、などというものではなく、「虚実皮膜」のありえたかもしれない歴史を描くフェイク・ドキュメンタリを志向してのことだろう。

うーむ、これって シャルル・ドゴールを暗殺しようとする殺し屋の物語 と相似形にあるよなあ。同書が1970年の出版だから、幾分かの影響があるだろうと推測してしまった。あ、フレデリック・フォーサイスも読んだことがなかった…。

閑話休題。上記のように感じたもうひとつの要因は、ケイパー(強奪)小説を思わせる徹底した準備が描写されること。アドルフ・ヒトラーが気まぐれに発した言葉を端緒に、首相誘拐の可能性を展く情報を入手した軍情報部のマックス・ラードル中佐が、その可能性を実現させるための仲間集めをするのが序盤。

彼らに協力するアイルランド独立を目指す闘士リーアム・デヴリンが、先遣された英国で隠密裏に下準備をするのが中盤ということで、「鷲が舞い降りる」のは文庫の本文594ページのうち423ページまで読み進めてからのこと。ちなみに着地の様子が描かれなかったのは本書でもっとも残念な部分。

現代の冒険小説と比べたら呆れるほどの展開の遅さだ。だが、繰り返しになるが本書は冒険小説ではないのだからこれでいい。本書は戦争という状況に否応なく押し流される人々の群像を描いた小説だと思うからだ。主要登場人物たちに共通した状況は、シュタイナ中佐の以下の科白に集約されている。


「(前略)おれたちはみんな、同じ暗い路地にいて、出口を探し求めているのだ」

(170ページ)

戦傷で余命いくばくもない作戦指揮者の独軍情報部のラードル中佐、ユダヤ人女性を助けたことで懲罰部隊送りにされていた独落下傘部隊長シュタイナ中佐、大英帝国に憎悪をたぎらせるボーア人の老婦人ジョウアナ・グレイなど、他にも描かれる人物たちの背負うものは重い。そして彼らが、失った家族、父や妻子を思う等身大の人物として描かれていることに本書の手柄があるのだ。


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