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梅原克文:『ソリトンの悪魔(上・下)』(双葉社) [book]


当方が鑑賞した映画のオールタイムベストを選ぶとしたら、ベストテン圏内に、どういうわけかジェームズ・キャメロン監督/エド・ハリス主演『 アビス 』がランクインしてしまう。ご覧になった方はご存知のとおり、決してデキの良い映画とはいえない。公開時に映画館で鑑賞した当方は、なんだか竜頭蛇尾な脚本だな、と思ったのを覚えている。

ところがね、その後もなぜか<完全版>を再度劇場に鑑賞しに行ったり、TV放映時も視聴したり、結局はDVDも購入し2,3回は観ているのだから、やはり気に入っているとしか言いようがない。特に、エド・ハリス演ずる主人公が結婚指輪をトイレに投げ捨てたものの、思い直して拾い上げるシーンは、映画史に残る伏線なのではなかろうか(大袈裟)。


内容(「BOOK」データベースより)
日本最西端に位置する与那国島の沖合に建設中の“オーシャンテクノポリス”。その脚柱が謎の波動生物の攻撃を受け、巨大海上情報都市は完成目前で破壊されてしまった。とてつもない衝撃は、近くの海底油田採掘基地“うみがめ200”にも危機的状況をもたらす。オイルマンの倉瀬厚志は基地を、そして遭難した娘を救出するため、死力を尽くすが…。

ひさしぶりにエンタテインメントに徹した小説を読んだという感慨がある。物語に没入してしまうのだ。それぐらい優れた娯楽小説といえる。何しろ展開が速い。梗概にある海上都市が謎の物体に破壊されるのが上巻の序盤、そこから主人公をはじめとする登場人物たちはラストまで冒険の連続となる。

とにもかくにも緊張の糸を切らせない。序盤のハイテンションがラストまでほぼ継続するので、読んでいるほうも疲れてしまうくらいだ。当然のことながらハリウッド映画を彷彿とさせるのだが、そんなものよりはるかにアイデアが盛り込まれていて、歯応えがある。まさにノンストップ。

本書は1995年に朝日ソノラマから出版されたもので、10年以上も前に書かれていながら古びていないこともすばらしい。時代背景は2016年だが当時の近未来を描く手腕は相当なもの。特にテクノロジの描写は、たとえば『 マイノリティ・リポート 』の映像を先取りしていると感じられる。Windows95が発売される前後でのこのイマジネーションには感嘆した。

惜しむらくは登場人物たちがいまひとつ魅力に欠けること。潜水艦の艦長など、もう少しかっこよく描いてあげれば作品全体の爽快感が増したのに、と思ってしまう。おそらく著者の意図はヒーローの活躍を描くことではなく、市井の普通の人々が極限状況に巻き込まれたらどうなるのか、というものだったろうから、これはこれでいいのかもしれないが。

日本推理作家協会賞受賞作品だから、読んでいる方も多かろうと思うが、もし未読の方がいて、ジャンルクロスオーヴァ・ノベルにアレルギーがなかったらぜひともお奨めしたい一冊(上下巻だけど)。

ところで、蛇足があるのだが、作品内容に踏み入るので以下は既読の方だけお読みになるが吉です。

既読の方で本エントリ冒頭に記した『アビス』を鑑賞された方は、同作品と本書の共通点に気づくにちがいないと思う。

  • 主人公が破綻した夫婦関係を持つ男
  • 舞台の多くが海底油田基地
  • 人類と未知の生命体のファーストコンタクトもの
  • 細かいところでは、海底基地の出入口に当たるプールに、生命体が入り込んでくるシーンなど

『アビス』の公開が1989年(<完全版>は1990年)、本書が前述のとおり1995年だから、本書は『アビス』の影響の下に書かれていると推測される。

また、ソリトン生命体というアイデア自体も目新しいものではなく、一種の流体素子コンピュータであるということは、山田正紀や堀晃の諸作品にあるものだし、ソリトン生命体に転移した主人公がコンピュータネットワークに侵入するシーンは、まんま『 ニューロマンサー 』である。

だから、本書にオリジナリティがない、と貶めるつもりは毛頭ない。過去の諸作品を本歌取りしつつ、まったく異なる物語に仕立て上げる手腕には感服せざるを得ない、ということを言いたいわけだ。

最後にひとつだけ気になったのは、ラストで2年間の昏睡状態から覚醒した主人公が、妻子を追ってよろよろと歩き始めるというシーンはいささか無理があるように思える。スティーヴン・キングの『 デッド・ゾーン』では昏睡から目覚めた主人公は、地獄のようなリハビリに励んだ結果、ようやく歩けるようになるのだから。


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