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2011年10月の読書メーター [a day in the life]

歌野晶午:『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝春秋) [ebook]

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

  • 作者: 歌野 晶午
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 文庫

著者の作品は初読、と書き始めて確認したら『密室殺人ゲーム王手飛車取り』を読んでいるジャマイカ! このところの記憶の衰えについては散々グチっているが、ここまでとは、暗澹たる気分も一入(ひとしおと読むのだよ)だ。そのくせ、子どもの時分のこっぱずかしいような出来事のあれやこれやは鮮明に覚えていたりするのだから困ったものである。

外見ばかりおじさん大人になっていくというのに、中身は幼稚園や小学校のころとそうたいして変わっていないような気がしてきた。いくつになろうと、人間の根本のところは変わらないのだな、きっと。たぶん、60歳くらいになっても外見はともかく中身は変わっていないにちがいない。


内容(「BOOK」データベースより)
「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。

さて、本書は主人公一人称"俺"の性行為のシーンから始まる。なかなか意表をつく出だしだ。以降、ライトなハードボイルドもしくは青春ミステリといった趣きで物語は進行していく。アクの強さは感じられるもののなかなかのリーダビリティである。

メインのストーリーが語られる一方、主人公が過去に遭遇した事件の記述があったりで、いわゆる入れ子構造を持つ実験的メタ探偵小説とも読める。で、読了すると、なんというか、うーん…なんもいえねえ…。これだけ奥歯に物が挟まったような言い方をしているので察してください。

あ、愚作という意味ではないよ。なにしろ、推理作家協会賞をはじめとした各賞を総なめにした作品ですから。もし、お読みになっていない方で、本書を手に取ろうという方はできるだけ先入観なく読み始めてもらいたい。そういう意味だ。

感想を一言だけ申し添えておくと、物語の仕掛やタイトルに著者のメッセージが有機的に結びついていることがすばらしく、ちょっとした感動を覚えた。そう、本書は意外に爽やかな小説なのだ。


『ミッション:8ミニッツ』 [movie]

原題: Source Code
キャスト: ジェイク・ギレンホール、ミシェル・モナハン、ベラ・ファーミガ、ジェフリー・ライト
監督: ダンカン・ジョーンズ
製作国: 2011年アメリカ映画
配給: ディズニー
上映時間: 94分

最近、ネット上で話題になっている「5億年ボタン」をご存知だろうか。当方がくだくだ解説するよりは下記リンクをご参照いただいたほうが早いのだが、やはり閲覧には注意いただきたい。

◆【閲覧注意】 5億年ボタン怖すぎワロタwwwwwwwww : うましかニュース
http://umashika-news.jp/archives/51950055.html

ご覧になった方はお分かりのように、人間の認識とか世界観とか脳の働きとかそんないろいろなことを綯い交ぜにしたよくできたホラー譚だと思う。いやあ、絶対に押したくないなあ。


ストーリー
デビュー作「月に囚われた男」が評判となったダンカン・ジョーンズ監督の第2作。シカゴで乗客全てが死亡する列車爆破事件が発生。犯人捜索のため政府が遂行する極秘ミッションに、米軍のスティーブンスが選ばれる。事故犠牲者の事件発生8分前の他人の意識に入り込み、その人物になりすまして犯人を見つけ出すという作戦。必ず8分後には爆破が起こり元の自分に戻るスティーブンスは、何度も「死」を体験するうちに次第に作戦への疑惑を抱きはじめる。

なぜ「5億年ボタン」の話をしたのかといえば、当然のことながら本作と相通ずるところがあるからで、じゃあどういうところがといってしまうとネタバレになるので言わないでおこう。

それにしてもね、12月16日公開の作品を意識してのことだかわからないが、酷い邦題である。原題は以下のような意味だ。


"source code"とは人間がプログラミング言語を用いて記述したコンピュータプログラム。そのままではコンピュータ上で実行することはできないため、コンパイラなどのソフトウェアを用いてオブジェクトコード(ネイティブコード)などのコンピュータの理解できる形式に変換され、実行される。

余計わからないか…。

さて、本作は上記のストーリーから想像される「騙された!」というタイプのプロット重視系作品ではない。鑑賞し終えてから湧き上がってくる気持ちは『月に囚われた男』と同様で、不思議な感動があるのだ。

そこにいたるまでの手際が、実はあまり練れていないのが本作の弱点。すなわち、爆破犯が意外に簡単に特定されてしまうということ。そのあたりのプロットをうまくひねってくれていたら、より見応えのある作品に仕上がっていたにちがいない。

プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂 』も『 マイ・ブラザー 』もスルーしてしまったのでジェイク・ギレンホールを久々にスクリーンで観た。良い役者であると思う。ミシェル・モナハンは相変わらず好きなんだが、作中で28歳の役ということで、それは無理があると思うぞ。そしてベラ・ファーミガが重要な役どころを好演。

B級SFサスペンスだと思われそうな題材ではあるのだがそんなことはなく、生真面目なストーリー展開と役者陣の好演で手堅くまとまっている佳作といえる。


『カウボーイ&エイリアン』 [movie]

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原題: Cowboys & Aliens
製作国: 2011年アメリカ映画
配給: パラマウント
上映時間: 118分
キャスト: ダニエル・クレイグ、ハリソン・フォード、オリビア・ワイルド、サム・ロックウェル、アダム・ビーチ、ポール・ダノ、ノア・リンガー
監督: ジョン・ファブロー
原作: スコット・ミッチェル・ローゼンバーグ
脚本: アレックス・カーツマン、ロベルト・オーチー、デイモン・リンデロフ

本屋さんの文庫売場でここ最近になって目立つのが時代小説シリーズ。一部の作者については、ほんとに一人で書いているのかよ、とおらびたくなるような量産ぶりだ。なんだかね、一昔前の架空戦記モノのような盛況さであり、その後にそのジャンルがたどった没落を繰り返すのではないかと他人事ながら心配になる。まるで焼畑農法のようじゃあないか。

とはいえ、時代モノというジャンルが小説・TV・映画を問わず好まれているのは、やはり日本人のDNAに根ざす部分があることにはちがいない。同様のことは米国における西部劇にもいえるようで、日本には紹介されないが、西部劇小説や映画はいまだに書かれたり撮られたりしていると仄聞している。


作品紹介
19世紀のアリゾナ州を舞台に、過去の記憶をなくした男が砂漠の町に迷い込み、町を支配する強権的な大佐らと共に宇宙からの脅威に立ち向かうSFアクション超大作。『アイアンマン』シリーズのジョン・ファヴローが監督を務め、製作にロン・ハワード、製作総指揮にスティーヴン・スピルバーグという強力布陣で人気グラフィック・ノベルを実写化。

本作は、そんな西部劇とSFアクションの融合を目指したもの。上記の紹介文にあるように原作はグラフィックノベルらしい。当方は未読。


原作はエイリアンとカウボーイのみならずネイティヴ・アメリカンが絡み三つ巴の闘いとなるストーリーらしい。内容を想像するに「人類を侵略しようとするエイリアン」と「ネイティヴ・アメリカンから土地を奪おうとする白人開拓民」との対比がアイロニカルな味わいを醸し出しているのではないか。

実はそのあたりは本作ではスルーされていて、だからかどうかわからないが結果として何を言いたいのかわからない作品になってしまっている。荒野のど真ん中で目覚めた記憶をなくした男の復讐物語なのか、男の成長と再生を描きたいのか、あるいは単純な冒険物語を語りたかったのか。

いずれの要素もありながら、いずれの要素も中途半端に終わってしまっている。そのあたりはキャスティングのミスも重なっていて、だってさ、ハリソン・フォードが最後の最後まで憎たらしい悪役で終わることはないだろう、ってことである。つまり先が読めてしまうのだ。

脚本もかなり大雑把であり、「一人では再生できなかった」人がなぜ燃やされると復活しちゃうのか、とか乱暴もいいところである。鑑賞者に伏線とその回収を提示しないで納得させようというのは土台無理な話だ。

ダニエル・クレイグ(相変わらず上半身ハダカのシーンあり)や、ハリソン・フォード(さすがに年を喰ったね)、サム・ロックウェルらの好演がかわいそうな脚本。なかでもオリビア・ワイルドは華があってよかったのに、まことに残念なできの作品といわざるをえない。


VAIO Type-G(VGN-G3ABVSA )のHDDをSSDに換装した [gadget]

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唐突にSONYのVAIOである。実は半年ほど前の五月上旬に購入。弊blogをお読みの皆様には黙っていたことをお詫びしなければならない…。ThinkPadX32がさすがに老朽化してきたことが主たる理由だが、その他にも以下の理由がある。

  1. 液晶の解像度がXGA(1024×768)であること。ご存知の通り、この解像度のノートPCは絶滅危惧種で、このタイミングで購入しなければ入手が不可能と思ったから。ノートPCにおけるワイド画面はどうも好きになれないのだ。
  2. 光学ドライブがビルトインされているにもかかわらず、十分に薄型軽量であること。そのトレードオフでHDDは1.8インチのものになっているが、インタフェースがシリアルATAだからさほどトロくはないだろう(実際、遅いとは感じられなかった)。
  3. PCカードスロットがあること。当方のようなWindows98世代のPCユーザはPCカード資産を割合に所有しているのだ。
  4. OSがWindows XPであること。当時がXPマシンを入手できる最後のタイミングだった。起動時に2GBものメモリを大食らいするOSはどうも好きになれないのだ。ちなみに本機のXPはWindows 7のダウングレード版という位置づけだ。

上記の購入動機に対しての実機を入手してからの使用感はは大いに満足できたのだが、実はそれらのメリットを大幅に減殺するウィークポイントがあった。

  • インターフェース・デバイス、すなわちキーボードとタッチパッドのデキが悪すぎる!

これだけで、本機の持つ魅力が台無しになってしまったとさえいえる酷さである。これについてはあまり語りたくないというくらいのものだ。

それでもね、使い始めたときに驚いたのが、ノートPCもこれだけ性能が高くなっているのだな、といういこと。全体的にキビキビした動きは、CPUはもちろんのことチップセットをはじめとする総合的な性能が底上げされているのだな、と感じたものだ。

そんなこんなで半年ほど使用していたある日、なんの前触れもなくOSが起動しなくなってしまった。起動時の進行状況バーが途中で固まってしまうというもの。セーフモードでは起動するので、ハード面での故障ではないことはわかった。おそらく、見境なくソフトを導入したことが影響したものと推測している。

クリティカルなファイルはNASに保存するという運用をしていたから、さしたる不都合はなかった。だからThinkPadを再び使い始めていたのだが、ふと思いついたのは、どうせWindowsの再インストールをするならSSDに換装するのもいいかもしれないということだった。

ネットをほっつき歩いてみると、1.8インチ・シリアルATAのSSDというのは予想通り種類が少ないということがわかった。いろいろ調べた結果、当方が購入したのは下記の商品だ。

Kingston SSDNow V Plus 180 64GB SVP180S2/64G

Kingston SSDNow V Plus 180 64GB SVP180S2/64G

  • 出版社/メーカー: キングストンテクノロジー
  • メディア: エレクトロニクス


Type Gの規格に適合しているかどうか賭けになってしまうが、使用できないとなればアダプタを購入しデスクトップマシンの起動ドライブにすればいいや、と意を決しポチッたのだった。

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■Amazonからの箱がやけに軽かったので何事かと思えば、ブリックパック包装だった■まさにPCカードサイズの大きさ


さて、以下に換装の様子を解説していくのだがお約束として述べておかねばなるまい。

◆◆◆注意◆◆◆
製品を分解することは、メーカーの保証を放棄したことになり、分解以後はたとえ自然故障であってもメーカー保証の修理などを受けることはできなくなります。また、電気製品は見た目にはダメージを受けていなくても分解中になにがしかの圧力を与えることで破損する場合もあります。従って、実際に分解する場合には以上のリスクをよく勘案した上で、“自己責任”において行なうようにしてください。分解によるトラブルなどに対して当方は責任を負うことはできません。弊blogでは、このエントリについての個別のご質問・お問い合わせにお答えすることはできません。

 

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 ■念のため、前日からバッテリを抜き放電。写真下方右寄りにHDDが格納されている■詳細写真。下方の螺子二本を外すとHDDが姿を現す
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■HDD登場。四隅に緩衝用のゴムのアタッチメントがある
■写真下方の右手前のアタッチメントを外し、さらに左手前のそれを外して手前に慎重に手繰り寄せる
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■フレキケーブルは手前に寄せられるように折りたたまれている。手繰り寄せて余裕ができたら、シリアルATAコネクタを慎重に外す
■取り外したHDDからゴムのアタッチメントを取り外し、同じくSSDの四隅に填める
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■取り外しと逆の手順で収め、蓋を閉め螺子で締める 


と、いうような工程である。やってみると意外に簡単であったと言っておこう。もう少し苦労するかと思った。その後、マシンを起動させてBIOS画面を見ようと思ったのだが、F11を押そうがDeleteキーを押そうがBIOSが出ないのであきらめた。

そもそもが法人向けマシンであるらしい本機は、なんらかの理由でコンシューマ市場に出回ったもののよう。なのでリカバリ・ディスクが添付されていたのがありがたい。あっさりとリカバリしここに至る。そう、このエントリは復活させたVAIOで書いて打っているのである。

使用感は、どうかなあ、もとが速いマシンだったので体感速度はそれほど変わらない。起動時間も必須のソフトをインストールしているうちに遅くなっちまったよorz SSDなので衝撃には強くなったのは間違いないが、本機は液晶部分が薄いので乱暴に取り扱えない取り扱わないのであまり意味はないかな。まあ、また使えるようになったのは誠に以て慶賀の至りである。


福田栄一:『狩眼』(講談社) [ebook]

狩眼 (講談社ノベルス)

狩眼 (講談社ノベルス)

  • 作者: 福田 栄一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/09/08
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
多摩川河川敷で、野田という医師の両眼が刳り抜かれた死体が発見された。事件から二週間経っても、所轄の南多摩署の刑事課は有力な情報も得られず、捜査は行き詰まる。そんな中、若手刑事の伊瀬は上司の水野から、突如別の任務を与えられた。それは、警視庁本部からきた戸垣巡査部長と組んだ、独自の“調査”だった。異常犯vs.若手&ベテラン刑事との攻防戦。

従来まで当方が読んできた著者の作品は青春小説が主流。もちろん、出版社から想像されるような、ミステリとの境界線上にある『 エンド・クレジットに最適な夏 』のような作品もあったが。ところが本書は"講談社ノベルズ"というレーベルや上記の梗概のとおり、サイコキラーもの、且つ泥臭い警察小説の側面を持ち合わせているガチガチのミステリである。

読み始めると、著者の作品らしく登場人物たちの人間像が相変わらずうまく描かれている。安定した公務員の一職種として警察官という職業を選びながら、仕事にのめりこんでいく若手刑事の伊瀬の目を通して物語は進む。伊勢は敬愛する上司から押し付けられたかたちで警視庁の戸垣と捜査を共にする。その戸垣は組織で動くことが当然の警察組織にありながら独自の単独捜査を行う異端の人物だった…。

いわば映画のバディもののような構図だが、ふつうと少し違うのが、その戸垣が作中で相棒である伊瀬とほとんどしゃべらないこと。著者が意識してそんな描き方をしたのかはわからないが妙に新鮮さを感じてしまった。また、戸垣のエキセントリックな雰囲気や行動はオーギュスト・デュパンから連綿と続く"名探偵"のDNAを受け継いでいる人物像のように思える。最後まで読むと、その性格付けには現代的な意匠もこらされていることがわかるのだが。

それではキャラクタのおもしろさだけで読ませる小説なのかといえばそんなことはない。ミステリとしてのプロットもしっかり練られていて、読者に対するひっかけもあったりでかなり巧い。なんだか、久しぶりに"推理小説"を読んだ気がする。もちろん、ネタバレになるので詳細については本書を読んで確認していただきたい。

それにしても、著者は職人気質の面のある作家で当方が好むところなのだが、当方が好む作家はだいたいが好調なセールスを記録していないであろうと思われる場合が多い。著者の作品も、日々、刊行される新刊書籍に押し流されてしまうには惜しいものが多いから、もっと注目されていいと思う。


『ブラック・サンデー』 [movie]

ブラック・サンデー [DVD]

ブラック・サンデー [DVD]

  • 出版社/メーカー: パラマウント ジャパン
  • メディア: DVD

原題:Black Sunday
製作国:1977年アメリカ映画
上映時間:143分
キャスト:マルト・ケラー、ロバート・ショウ、ブルース・ダーン
監督:ジョン・フランケンハイマー
製作:ロバート・エバンス
原作:トマス・ハリス

■■■
経済学において、人間は正しく経済合理性を追求する存在として想定されているようだ。しかし、映画を映画館に鑑賞しに行くという行為は経済合理性から大きく隔たったものじゃないかという気がしてきた。

歩いていける場所ならまだしも、交通費と時間をかけて映画館まで行き、半年後にはレンタルで数百円出せば観られるものに、千数百円の料金を拠出するという行為は経済合理性に甚だ欠けている。

もちろん、スクリーンの大きさや音響の環境は自宅で観るよりは桁違いの迫力はあるにせよ、それだけの付加価値があるかは鑑賞し終えてからでないとわからないというリスクがある。まるで博打じゃないかと思うが、「これはすごい」と思わせる作品は年に一本あるかないかということであれば、あながち的外れなアナロジーではないかもしれない。


ストーリー
ベイルートの地下組織“黒い九月”は元アメリカ軍士官と結託し、マイアミで開催されるスーパーボールのスタジアムの観客8万人を一挙に殺害するというテロ計画を立てていた。その阻止に動き出すイスラエル特殊部隊のカバコフ少佐とFBI。彼らの息詰まる戦いを描いたサスペンス・アクション。「羊たちの沈黙」で知られるトマス・ハリスのベストセラーを映画化。日本では劇場公開が中止になったいわくつきの作品。

さて、本作はTOHOシネマズの「午前十時の映画祭」の第二期の一本としてチョイスされたもの。以前から評判が良いのは聞いていたので、レンタルなら100円で借りられるものを、往復1,000円の交通費とチケット代1,000円、そして館内生ビール代500円を拠出して鑑賞。経済合理性のケの字もない行為だ。

そして、鑑賞し終えて感じたのは、当方も「限界効用逓減の法則」の軛から逃れられないのだということだった。わかりやすく言ってしまえば、現代の出力過大な映画に慣れてしまった目で観ると、物語の展開やサスペンス・アクションともにゆるいということだ。

一方で、出演者の演技にはみるべきものがある。主演のモサド(?)の少佐役を演ずる英国人俳優ロバート・ショウは、ヒーローというイメージとは遠いものの渋い好演を見せている。ちなみに、1978年に51歳という若さで急逝している。

敵役のブルース・ダーンは、今風のサイコパス的な役柄を抑えた演技でみせている。ちなみに娘のローラ・ダーンは『 ジュラシック・パーク 』などで活躍した女優。また、パレスチナのテロリスト役を演ずるマルト・ケラーがとてもいい。シャーリーズ・セロンを思わせる整った美貌でありながら、冷酷非情なテロリスト役で印象的。近年でも『 ヒア アフター 』や『ミケランジェロの暗号』に出演している。

正直なところ、少々物足りなかった本作、原作もまた絶版ということなので、早川さんや東京創元社さんにぜひとも新訳で復刊してもらいたい。


ブラックサンデー (新潮文庫)

ブラックサンデー (新潮文庫)

  • 作者: トマス ハリス
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1979/03
  • メディア: 文庫

ジェニファー アッカーマン:『かぜの科学』(早川書房) [book]

かぜの科学―もっとも身近な病の生態

かぜの科学―もっとも身近な病の生態

  • 作者: ジェニファー アッカーマン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/02
  • メディア: 単行本

このまえの風邪っぴきは去年の六月頃だから、すでに一年以上は引いていないことになる。これは、当方のような病弱な人間には珍しいことだ。子どものころからしょっちゅう風邪ばかり引いていたし、30代半ばまでそんな状態だった。

ここ数年で風邪っぴきが減少してきたのは、早寝早起きしよく睡眠をとることを心がけてきたことがあるかもしれない。職場環境が変わり酒を呑む機会が減ったということも大きい。

それでもね、丸一年以上引いていないというのは、それはそれで何か悪いことが起こる前兆なのではないかと思えてしまう。会社を休んで、ふだんはない平日のTVを視るというのも何かしら非日常的でいいものだしね。


内容(「BOOK」データベースより)
病には数あれど、かぜほど厄介なものはない。これだけ長く研究されていながら、ワクチンひとつないなんて…練達のサイエンスライターが、かぜとは何なのか、かかったらどうしたらいいのか、多数の研究者に最新の知見を取材し、山とある俗信や市販薬の効果のほどを見定めつつ、自らの身を挺する罹患実験に参加までして、かぜを観察。あくまで科学の視点に立ちながら、読者の興味をそらさない絶妙の読みやすさをもって綴る、「かぜの生態学」。


  • 風邪をうつさない/うつされないためにはマスクをしたほうが良い。
  • 風邪予防にはビタミンCが有効である。
  • 風邪は風邪ウィルスが発生させる毒素で諸症状が出る。
  • 風邪には抗生物質が効く。
  • 気温が低くなると風邪を引きやすくなる。


冒頭に申し述べたように、当方は風邪っぴきの権威なので、上記のほとんどの事柄が実際にはそうではないらしいことは知っていた。それでも、例えばビタミンCが風邪予防にあまり役立たないことなど、初耳のトリヴィアがあったりしたのだった。

そして、「ハゲと水虫と風邪の特効薬を開発したらノーベル賞もの」という台詞をどこかで読んだことがあったが、実は風邪の特効薬は真剣に開発されていない模様であることも、本書を読み初めて知った。

いわゆる風邪(普通感冒)は一週間程度で治癒するものであり、それを数日間前倒しでで治すための薬に意味があるか否か、ということで予算が下りないらしい。また、そもそも開発されたとしても高価になりそうで使う人がいない、というのが理由のようだ。

おっと、あまりネタばらししてこれから読まれる方の興味を削ぐのはまずいな。上記のような風邪に関する豆知識が書かれているとともに、「風邪の文化史」とでもいうような記述がそこかしこにあり愉しめる。海外の科学解説書とは思えない読みやすさが好もしい作品。翻訳がやや生硬なことが玉に瑕かな。


鬼頭莫宏:『ぼくらの[1]~[7]』(小学館) [ebook]

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

ぼくらの 1 (IKKI COMICS)

  • 作者: 鬼頭 莫宏
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2004/06/30
  • メディア: コミック

今のところ、SONYタブレットの主な使い道は、(1)寝転がってwebブラウジングすること、(2)機器そのものをいじくること、(3)電子書籍端末として使用すること、の三つである。三つ目に挙げた電子書籍端末としての用途だが、光沢処理された液晶画面で文字を読む趣味はないので、もっぱらコミックを読むのみである。

とはいっても、SONYのReader Storeはいまだサービスインしていないので、現状では"eBook Japan"を利用している。このeBook Japanは、サイトだけみているとなんだかごちゃごちゃしていて胡乱な雰囲気だが、個人的には優れものと感じている。

まず、専用ソフトウェアをダウンロードし導入することが必要となってくる。専用ということで好悪が分かれるところだが、Win版をはじめとしてMac・iPad・iPhone/iPod touch・Android・Windows Mobile版など一通りのOS/デバイスに対応しているのが良いところ。

そして、その基本的な考え方は、専用ソフトウェアを使用して同社サイト上に置いてある書籍データを諸デバイスにダウンロードし閲覧する、というものだ。うん、わかりにくいね、すまない。言い換えれば、ネットに接続できる専用ソフトに対応したデバイスがあればローカルストレージを圧迫しない、ということである(うわ、ますますわかりにくい)。

もう一回言い直すと、現在主流のOSや機器の隔てなく読むことができ、ファイルは自分のために区画されたネット上のディスクから必要に応じてダウンロード/アップロードすればやり取りが容易かつデバイスの記憶容量を圧迫しないで済む、ということである。おわかりいただけたであろうか、ぜえぜえ。

その、必要に応じてダウンロードできるデバイスは三台しか登録できないのだが、機器そのものに依存するのではなく、ユーザIDとパスワードで制御できる。最近、某電子書籍販売サイトが著作権保護のために使い勝手が悪くなったことに比べると優れた仕組みだと思う。

もちろん、そのネット上のストレージ領域がどのぐらいgoing concernであるかが重要なところではあるが、それを言い始めたらキリがない。運営会社の会社案内における主要株主にはベンチャーキャピタルらしき会社が名を連ねているが、一方で印刷会社・出版社・通信エンジニアリング系の法人の名前もあり、そう簡単にはデフォ…げほげほ


あらすじ
夏休み、過疎地の村へ“自然学校”にやってきた少年少女15人。1週間が経ったある日、海辺の洞窟へ探検に入った一同は、その奥にコンピューターを持ち込んで住んでいた謎の男・ココペリと出会う。彼は自分が作ったゲームをやらないかと誘い、宇白可奈を除く14人の中学1年生が同意して契約を結ぶ。半信半疑で宿舎に戻った一同だったが、その日の夕刻、大きな物音と共に巨大ロボットが現れて…。

さて、本作はそんな電子書籍端末としてのSONYタブレットで読んだ初の電子書籍(コミック)。それにしてもね、いやはや相当に鬱な内容である。愉しいという感覚だけ一気にで読める代物ではなく、休み休み読んでいかないと相当にキテしまう。そのくらい重いテーマを扱っているということだ。

いろいろと言いたいことはあるのだが、ほんのちょっとした事前の知識が内容・展開の意外性を阻害する可能性が大きいので、口を噤んでおくことにしよう。紙の本では完結しているが、電子書籍版は全11巻のうち7巻までしか販売されていないこともあるし。

で、その7巻目読了時点での充実度は相当に高い。単純なロボットバトルマンガを想定していると痛い目にあうということだけは間違いなしの作品ではある。

敢えて付言するならば、汎用人型決戦兵器の出てくるアニメーション からの影響はやはりあるであろうということ(だから悪いということではないです、念のため)。一方、最近流行ったぬいぐるみ型の生物が契約を勧誘するアニメーションへの影響も大きいと見受けられる。


PLANEX:ポータブルWi-FiポケットルータMZK-RP150Nがやってきた [gadget]

 

SONYのタブレットデバイスを購入したのはいいが、当方の仮住まいには無線LAN環境がない。新たに無線LANルータを買いなおすのは癪だし、いかにいまの環境が100base-txとはいえ有線LAN環境のほうがスループットが出そうなのでどうしようか迷っていたところ、この商品を見つけた。無線LANのアクセスポイントとして使用する計画である。

当方にとっての最大のアドヴァンテージは、ACアダプタ不要のUSBバスパワーで動作すること。すでにさまざまな機器にコンセントが占領されているので、これ以上タコ足配線はしたくないのだ。USBバスパワーではいちいち対応する機器の電源をオンする必要があるのではという声も聞こえてきたが、当方くらいの道楽者になってくると常時稼動のNASにUSBソケットがあるので給電に問題はない。

また、筐体が非常にコンパクトであることもメリットのひとつ。設置場所にあれこれ悩まないで済むわけだ。価格も3,000円を切っていることもあり、いつもの調子でほいほいとポチってしまったのだった。※写真を撮り忘れ。取り外すのが面倒なのでメーカー商品紹介写真から拝借です。

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◆筐体は想像以上に小さい。驚きますよ、ほんとに
◆本体の小さなUSBソケットにこのコードを付け、他機器のUSBソケットに装着すると給電される


とにもかくにも筐体のコンパクトさには驚かされる。さらに驚くべきは、このコンパクトさなのに無線LANルータの機能さえ搭載していることだ。いま使用している有線LANルータを外して、本機とgigabit有線LANハブを接続させればより快適な環境が得られるのだな。今後の検討事項であることは配偶者には内緒にしておこう(もちろん、弊blogは配偶者も読んでいる)。

設定マニュアルの出来はさすがPLANX、非常にわかりづらい。基本的に「素人さんはけーんな(帰りな)」というスタンス。本機にはSSIDがなぜか二つあるのだが、そのうち一つはデフォルトではセキュリティ設定がなされていない。ではセキュリティをかけようとするとそのマニュアルの造作が不案内なのだ。

要は、ルータとアクセスポイントのそれぞれの動作時でIPアドレスが異なるということだが、それを三枚に分離されたA2版のマニュアルから読み取るのは厳しい。一定程度のスキルがあればなんとかなるものの、ふつうの人にはなかなか理解しにくいと推測される。その辺のサポートの質がこの低価格を実現させているのでは、と邪推したりする。

で、実はそんなことよりも当方が不可解に思ったのは、本機がどのような用途を想定して企画・設計されたのかということだ。いや、ふつうに考えれば、有線LANしかないビジネスホテルなどで、Ethernet端子のないiPadを代表とするタブレットデバイスなどを使用するというものだろう。

しかし冷静に考えると、本機は給電がUSBバスパワーだからPCをはじめとしたUSBソケットのある機器がないと給電できない。そもそもモバイルPCがあればタブレットデバイスは使わないのではないか。いまどきEthernet端子のないモバイルPCなんてないのだし。上記のような使用企図であれば、純正のACアダプタが必要だろうが、それらしきオプションもない。

もう少し踏み込んで想定すれば、モバイルPCを持った人がスマホや携帯ゲーム機をWi-Fi接続させる状況はありえる。でも、スマホ利用時の料金設定はたいていの場合パケット使い放題コースだろうからバッテリの減りの速いWI-Fiに接続するメリットはほとんどないだろう。だから携帯ゲーム機を無線LAN環境のないビジホなどでWi-Fi接続したいという意図で購入する可能性がいちばん高いのかもしれない。

いろいろごちゃごちゃと申し述べたが、誰がどういう理由で使用するのか良くわからないというヘンなガジェットではあるものの、当方が置かれている状況下では望んでいた機能が100%搭載されている優秀な機器であると結論付けておこう。


樋口有介:『ピース』(中央公論新社) [ebook]

ピース (中公文庫)

ピース (中公文庫)

  • 作者: 樋口 有介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2009/02
  • メディア: 文庫

盛岡に行ったときに、駅ビルの本屋さんでやたらと本書を推しているのが目に付いた。ご覧のように装画が少し不気味で、POPには確か「意外な結末」的なことがかかれてあったように思う。

その後も少し気になっていたので、出版社のサイトを覘くとなんと出版社の文庫のランキング・ナンバーワンになっているではないか。単行本が刊行されたのが2006年、文庫版が2009年だからえらく遅咲きのベストセラーだ。 出版社か本屋さんかどちらかわからないが、売り手の仕掛けでもまだまだこれだけ売れるんだね。

一方で、冒頭に掲げたAmazonのリンクから跳んでもらうとわかるように、カスタマーズレビュー(以下CR)での本書の評価はあまりよろしくない…いや、有体に言えば酷評されている。これだけ、販売の好調ぶりと評価が乖離しているのはとても興味深い。こりゃあ、自分の目で確かめなければなるまいという酔狂な理由でダウンロード購入したのだった。

ちなみに、本書の文庫版は税込720円。電子書籍版は同525円だから定価の約73%で購入できたので、酷い内容でもショックは二割強は減殺されるはず(笑)。ちなみに、著者の名前は当然知っていたけれど、本書が初読である。これを書いているのは未読状況なのだが、はてさて、どうなることやら。


内容(「BOOK」データベースより)
埼玉県北西部の田舎町。元警察官のマスターと寡黙な青年が切り盛りするスナック「ラザロ」の周辺で、ひと月に二度もバラバラ殺人事件が発生した。被害者は歯科医とラザロの女性ピアニストだと判明するが、捜査は難航し、三人目の犠牲者が。県警ベテラン刑事は被害者の右手にある特徴を発見するが…。

ということで読了したのだが、意外や意外、当方はすんなりと愉しめてしまった。

まず、秩父近辺という、首都圏にありながらそのどん詰まりにある田舎町(失礼)を描く筆が達者であること。こんな町には住みたくないという気を起こさせるくらい、著者の視線はシニカルだ。また、限界集落などという言葉をはるかに上回るような、ほとんど廃村に住む老人の描写などもすばらしい。

次に、その町のスナックに集う人々をはじめとした人間描写が巧い。スナックで厨房を切り盛りする寡黙な青年や地元紙の女記者など、登場人物の誰しもが心にわだかまりを持っていて、それを淡々と感情移入なく描く筆致は容赦ない。

そしてこれは当方の印象に過ぎないが、全編に流れる不協和音というか可聴域下の重低音というか、 つまりは読者を不安にさせる雰囲気をかもし出す手腕がこれまた凄い。その雰囲気で読み進めるのが苦痛かといえばそんなことはなく、飄々とした老刑事を登場させることでバランスをとっているようにも見受けられる。

読み始めたらとまらないとまでは言わないが、それに近い状況で読了した本書がなぜAmazoneのCRであれほど酷評されているのか、当方なりに考えてみた。結論だけ申し上げれば、売り手の惹句と読者の期待にギャップがあったといえる。どんなギャップかというと、ネタバレせずには説明できないので、これから本書を読まれようとする方は続きを読まれないほうがいいと思います。

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『ワイルド・スピード MEGA MAX』 [movie]

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原題: Fast Five
製作国:2011年アメリカ映画
配給:東宝東和
キャスト: ビン・ディーゼル、ポール・ウォーカー、ドウェイン・ジョンソン、ジョーダナ・ブリュースター、タイリース・ギブソン、クリス・“リュダクリス”・ブリッジス、マット・シュルツ、サン・カン、ガル・ギャドット、ドン・オマール、テゴ・カルデロン、エルザ・パタキー、ヨアキム・デ・アルメイダ
監督:ジャスティン・リン


ストーリー
前科者のドミニクと彼を脱獄させた元捜査官ブライアンは、張りめぐらされた捜査網をかいくぐり、ブラジルの裏社会で身を隠していた。2人は逃亡生活を終わらせて自由を得るため、裏社会を牛耳る黒幕から1億ドルを強奪する計画を立案。世界中から凄腕の仲間を集める…。人気カーアクションシリーズ第5弾。

本作はシリーズ5作目ということだが、当方は以前の作品を一作も観ていない。シリーズものを途中から観賞するのは危険とはわかっているが、「たまにはアタマを空っぽにして映画を観たいなあ」という気になり出かけたのだった。

物語は強奪(ケイパー)映画そのもので、そこにカーアクションが加わるという構造。良くある話ではあるが、良くある話がもたらす安心感というものが世の中にはあるのだ。その安心感ゆえに制作側が油断したのか、突っ込みどころも多数用意してある。

せっかく仲間を集めて用意した周到な計画が途中からほっぽらかしになったりするのは、制作予算の問題か、それともロケのスケジュール調整に失敗したのか。脚本が迷走している感がある。

あと、ヤマ場のひとつにビン・ディーゼルとドウェイン・ジョンソンのドツキ合いがあるのだが、別に殴り合いをしなくても銃で制圧すればよいのでは、などなど。関係ないけど、ビン・ディーゼルも顎のあたりのたるみが目立つようになってきたね。

閑話休題。本作はそういう細かいところを気にする観客を想定していないだろうから、そんな突っ込みをすることが野暮であるというものだ。とにもかくにも、肩の力を抜いて愉しむべき作品だ。あ、ちなみにエンドロールで退出しちゃいけませんよ。


石持浅海:『ブック・ジャングル』(文藝春秋) [book]

ブック・ジャングル

ブック・ジャングル

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/05
  • メディア: 単行本

内容紹介
4月の夜、市立綾北図書館が戦場と化す。閉館される思い出の場所を、友人とともに見納めにきた昆虫学者の卵・沖野国明。そこで女子高生・百合香と友達の3人組に出会う。やがて不気味なモーター音が鳴り響く。フィールドワーク体験を生かし、虫捕りの要領で毒針ラジコンヘリをかわしていく沖野。姿を見せぬ襲撃者の目的は何なのか。閉鎖状況に追い込まれた人間達の心理を描いて秀逸な書き手が、「真夜中の図書館」という閉鎖空間に挑戦します。

著者が会社員と二足の草鞋を履く兼業作家ということは周知のことだが、本書に関して文藝春秋社のサイトにエッセイが掲載されていたのでリンクしておこう。

◆兼業作家と取材
http://hon.bunshun.jp/articles/-/22

上記を読むと、著者が「冒険小説」を志向して本書を執筆したことが伺える。そのような志向があったが故か、著者お得意の登場人物たちのディスカッションが、従来までの作品の中で最も薄くなっている。それをどのように感じるかは人それぞれだろうが、当方には物足りなく思えた。

ストーリーで言えば、首謀者がわりと早めに読者にわかってしまう。冒険小説という捉え方をすればそれはそれでかまわないのだが、本書では全体のサスペンスを減殺しているように感じられる。

有体に言えば、著者の持ち味が発揮されていない作品ということ。もちろん、つまらないということはないし読んで損したということはないのだが。


香納諒一:『噛む犬 K・S・P』(徳間書店) [book]

噛む犬 K・S・P

噛む犬 K・S・P

  • 作者: 香納諒一
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2011/01/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

四十路を過ぎてからの短期記憶の衰えについては驚くべきものがある。朝、シャワーを浴びようとしてガスの元栓をオンした後に、風呂場で「あれ? 元栓、オンしたっけ?」と、素っ裸で部屋をうろつくのが日常になってきている。ほとんど病気である。

したがって、読書についてもシリーズものにはおいそれと手が出せない。もちろん、前巻のあらすじなんてさっぱり忘れてしまうからだ。いっそ清清しいくらいの忘れっぷりである。そのくせ、学生時代に読んだものは存外に忘れていなかったりする。年をとるというのはこういうことなんだね。


内容(「BOOK」データベースより)
新宿副都心の高層ビル群の一角に沖幹次郎、村井貴理子らK・S・P特捜部が駆けつける。植え込みから白骨死体が見つかったのだ。身元は警視庁捜査二課の溝端悠衣警部補。貴理子が敬意を寄せる先輩だった。死亡前の動向を探ると、未解決の轢き逃げ事件を単独捜査していた形跡が浮上。被害者は暴力団組員で、溝端は保険金の受取人である婚約者とも接触していた。彼女が突き止めようとしていたものとは?やがて警察組織と政財界の闇が口を開く―。

さて、本書は周知のように「K・S・P(歌舞伎町特別分署:Kabukicho Special Precinct)」シリーズの最新刊。主人公の沖幹次郎を中心とした警察官たちの活躍を描いている。これまで、ヤクザ/チャイニーズマフィア/警察の三つ巴の闘いを描いてきたのと異なり、三巻目はシリーズの中でも間奏曲といった内容となっている。

当然のことながらストーリーはゆるやかに関連している部分があるのだが、2008年の9月に読んでいた前作の内容をほぼすべて忘れてしまっているので往生した。読み返そうにも自宅においてあるのでそうもいかない。もうシリーズものにはおいそれと手(以下略

閑話休題。最近の著者の作品と同様に、複雑なプロットを登場人物たちの科白で補足説明するという書き方は正直なところ好きになれない。せっかくのストーリーテラーがもったいない、という感じだ。

あと、冒頭に女刑事が白骨死体で発見されるのだが、捜査につれて浮かび上がる彼女の肖像がストーリーの核になってくるかと思いきや、そのあたりがあっさりしていて物足りない。人間を描くということで言えば、出家した元ヤクザの組長に著者の興味が移っていったようだ。

それでもね、やはりヒリヒリするような雰囲気とか臨場感や、著者の作品では珍しい主人公・沖の強烈なキャラクタなどで読ませることには間違いない。繰り返しになるが、シリーズの幕間といった位置付けの作品なので、次作では壮大なフィナーレが用意されている予感がする。期待したい。


佐伯啓思:『現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話』(筑摩書房) [book]

現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話 (ちくま新書)

現代文明論講義 ニヒリズムをめぐる京大生との対話 (ちくま新書)

  • 作者: 佐伯 啓思
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2011/06/08
  • メディア: 単行本

Amazon.co.jpの2010年度の和書出版社別年間売上ランキングを見ると、23位の早川書房は2009年度から14位もランクアップしていることが見て取れる。これすなわち、『 これからの「正義」の話をしよう 』のベストセラー入りが主要因だろう。当方もSONYのReaderのローンチ・タイトルだったから電子書籍で購入し一応は読了している。そう、"一応"なのである。

前半部の「1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?  金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか?  前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務はあるのだろうか――」という具体的な問いかけによる思索はわかりやすかった。

ところがね、後半部になるとどうも難解になってくる。正直なところ、読み進めるのが苦痛に近いものがあった。だから、自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、どういう客層がこの本を購入し、そのうちどのくらいが読了できたのか、どれくらいの人が理解できたのか、興味深いところではある。推測するには当方と同世代前後の会社員か、やはり学生だろう。あるいは、テレビ放送を視た層なのだろうか。

当然、といっていいのか悪いのかわからないが、話題になった番組の『ハーバード白熱教室』の後にその日本版が放映されるようになったり、同書の柳の下の泥鰌を狙う出版社が雨後の筍のように現れてくるのもままあることだ。


内容(「BOOK」データベースより)
「なぜ人を殺してはいけないのか」「なぜ民主主義はうまくいかないのか」―現代の社会の抱えるさまざまな難問について、京大生に問いかけ、語り合う。若い学生たちの意外な本音から、戦後日本、さらには現代文明の混迷が浮かび上がってくる。旧来の思想―戦後民主主義や功利主義、リベラリズム、リバタリアニズムでは解決しきれない問題をいかに考えるべきか。アポリアの深層にあるニヒリズムという病を見据え、それを乗り越えるべく、日本思想のもつ可能性を再考する。

本書はそんな柳の下の泥鰌と一線を画す、というわけではなく、著者自身が前書きでサンデルの講義を意識したうえでの講義録であることを語っている。柳の下の泥鰌そのものといえるのだが、不味かったのかというとそんなことはなく当方にはとても愉しめたのだった。

単純な脳、複雑な「私」 』でもそうだったのだが、講義録という形式を当方が好んでいるということが一因。単純に、語りかけるという行為と、聴講する人との論議がわかりやすさを生むということがある。

特に、具体的な事例を基にリバタリアニズム・リベラリズム・功利主義・ポストモダニズムのそれぞれの立ち位置について説明する場面が当方にとっては白眉だった。もちろん、それぞれの思想はそんなに単純なことではないのだろうが、初心者にはとっつきやすい説明だった。

また、時事ネタを材料にしながら討議するというのもわかりやすい。尖閣諸島の件を題材にして「国を守る」とはどういうことなのか、という問いかけは蒙を啓かれた感がある。

浅学にして著者のことは知らなかったが、他の著作を読んでみようという気を起こさせる一冊。もちろん、哲学・思想関連の書物は人の好悪が激しく別れるから声高にお奨めはできないが。


ドン・ウィンズロウ:『サトリ<上・下>』(早川書房) [book]

サトリ(上) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

サトリ(上) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

  • 作者: ドン・ウィンズロウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
サトリ(下) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

サトリ(下) (ハヤカワ・ノヴェルズ)

  • 作者: ドン・ウィンズロウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

かつてコードウェイナー・スミスをSF界の「ワン・アンド・オンリー」の作家と評した人がいた。当方にとっては本書の原典となる『シブミ』を書いたトレヴェニアンもエンタテイメント本におけるワン・アンド・オンリーの作家といいたい。

なぜそんなことを思ったかといえば、世代は違うんだけど、双方とも覆面作家であったことや、その最終的な職業が大学の教師であったこと。そして、スミスで言えば「人類」、トレヴェニアンで言えば「国家」という存在を冷徹なまでに相対化している観点が共通している。それぞれのジャンルについて、これほど「知的」な作家はめずらしいと思うのだ。

さて、お読みになった方はご存知だろうが、実はその『シブミ』は妙ちきりんな小説で、一般的には冒険小説というジャンルに属するんだろうけど、少年時代に日本で過ごした主人公のニコライ・ヘルの物語が続いたかと思うと、その後は洞窟冒険譚になったりして一向に本題に入らない。

また、全体に流れるアメリカホラ話風ユーモアがすばらしい。たとえば、ニコライ・ヘルは写真に写りにくいとか、武器を一切使わない<裸-殺>という暗殺技術に関する著者のすっとぼけた説明、そして最後に姿を現す敵方の巨大組織の首魁の正体など、なんだか妙に笑えるものがあるのだ。そして実は、トレヴェニアンにとってそのユーモアは「国家」とか「組織」に対しての皮肉であり武器だったのだと思う。

本書は、その『シブミ』の前日譚で、主人公ニコライ・ヘルの若き日を描いたもの。読了して原典との最大の違いとして感じたのは、そのすっとぼけたユーモアが欠けていることだ。言い換えると、「国家」という存在に対する観点がトレヴェニアンとウィンズロウでは違うということだ。その観点がが異なる以上、残念ながら『シブミ』と本書は分けて考えなければならない。

ということを除けば、本書はエンタテインメントとして非常に優れている。特に80年代冒険小説を好んで読んだ層には懐かしさが感じられるに違いない。短い章立てで登場人物たちの視点を変えるスピーディーな構成や、冒険スパイ小説の典型といえるようなストーリーなど、読み物としての愉しさは十分にあり読んで損はない。

繰り返しになるが、『シブミ』の雰囲気を求めるとこれじゃない感があるので古くからのトレヴェニアン・ファンは用心すべき。あと、版権価格の絡みだろうが、この文字数で本体価格1,600円の上下巻は残念ながらコストパフォーマンスは低いといわざるを得ない。


シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: トレヴェニアン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/03/10
  • メディア: 文庫
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

  • 作者: トレヴェニアン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/03
  • メディア: 新書

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