柳広司:『新世界』(角川書店) [book]
内容(「BOOK」データベースより)
1945年8月、砂漠の町ロスアラモス。原爆を開発するために天才科学者が集められた町で、終戦を祝うパーティが盛大に催されていた。しかしその夜、一人の男が撲殺され死体として発見される。原爆の開発責任者、オッペンハイマーは、友人の科学者イザドア・ラビに事件の調査を依頼する。調査の果てにラビが覗き込んだ闇と狂気とは。ミステリー界最注目の気鋭の代表作、待望の文庫化。
難解な小説だ。いや、わかりにくい小説ということではない。読者にあからさまにしていない部分が多い小説だということ。
本書は「小説家の柳」が米国の出版代理人と称する男から本書の本編に当たる部分を出版して欲しいという依頼からはじまる。「ロバート・オッペンハイマー自身が他人の視点で描いた手記」というのがその内容。
つまり、この小説全体としては入れ子構造になっており、時系列もまたシャッフルされた構成になっている。
その本編の語り手であるイザドア・ラビは、「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーの友人の科学者として設定されている架空の人物(らしい)。名前からするとユダヤ系と考えられる(ラビとユダヤ教において宗教的指導者でもあり学者でもあるような存在。ただし、敬称としては姓の前に付けるようだから、語り手自身はそうではないのだろう)。
舞台となるロスアラモス研究所はご存知のように、マンハッタン計画(原子爆弾開発プロジェクト)が進められた場所。亡命ユダヤ人を中心とした科学者・技術者を結集させた国家プロジェクトであるのは有名だ。だから、本書の主要な登場人物である科学者もまたユダヤ人が多い。作中では、アウシュビッツを中心としたナチスのユダヤ人迫害にも言及されており、テーマに深くかかわっていると思われる。
そこで発生した殺人事件とその解明がストーリーの中心になっていくはずなのだが、どちらかというと著者が力点を置いているのは"戦争"であるとか"核兵器"であるとか、そしてそれを生み出してしまった"人間の業"についてへの省察にあるようだ。
だから、エンタテインメントとしては少し物足りないと感じたし、このテーマの大きさを語るには少しばかり尺不足ではないかと思ったのが正直なところ。
奥が深い小説ではあるので、当方が読みきれていない部分もあると思う。少なくとも暇つぶしに読むような小説ではないので、これから手に取ろうとする方は当時の世界情勢や登場人物たちの背景を軽く調べてから読まれたほうがいいと思う。
◎本書のお気に入りのセリフ
※エノラ・ゲイ号の乗組員とエンリコ・フェルミの会話
「ところで君、第三次世界大戦で使われる武器がなんになるか知ってるかい?」
「第三次世界大戦の、武器?」ポールは一瞬呆気にとられたような顔になった。「いや、ぼくには分かりません」
「そう、私にも分からない」フェルミは言った。「だが、第四次世界大戦の武器なら分かっている」
「何です?」
「こん棒だよ」
(125ページ)
◎関連エントリ
・柳広司:『トーキョー・プリズン』(角川書店)
・柳広司:『虎と月』(理論社)
・柳広司:『ジョーカー・ゲーム』(角川グループパブリッシング)
・柳広司:『ダブル・ジョーカー』(角川書店)