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池澤夏樹:『カデナ』(新潮社) [book]

カデナ

カデナ

  • 作者: 池澤 夏樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/10/31
  • メディア: 単行本

著者の作品を読むのは何年ぶりだろう。といってもたった一冊、『 マシアス・ギリの失脚 』だけしか読んだことはないのだけれど。新潮社の書き下ろし文学シリーズ(函入りのやつね)で買ってすぐに読んだから1993年のことだ。17年も前のことジャマイカ!

その『マシアス・ギリ~』はとてもおもしろく読んだ記憶はあるのだが、内容はほぼすべてを忘れ去っている。唯一、覚えているのは、主人公が日本のインスタントラーメンを久しぶりに食べたときに、そのあまりの旨さに驚く、といった場面だ。


内容(「BOOK」データベースより)
1968年夏。沖縄、アメリカ、ハノイ。フィリピンに生まれ、カデナの米軍に勤務する女性曹長フリーダ。サイパンで両親と兄を喪い、沖縄で一人戦後を生き抜いてきた朝栄。朝栄夫妻にかわいがられ、地元のロックバンドで活躍する青年タカ。朝栄のサイパン時代の旧友で、那覇で再会するベトナム人安南さん。―4 人は、カデナ基地からの北爆情報を刻々とベトナムに伝える「スパイ」となる。だがそれはフリーダにとって、B‐52機長である恋人の大尉、パトリックを裏切る行為でもあった…。


本書では、主要な登場人物である4人のうち、3人が代わる代わる一人称で語るというスタイルをとっている。一人目は、米空軍の女性曹長であるフリーダ=ジェイン。米国人と比国人のハーフで、幼時に日本占領下にあったフィリピンにおける帝国軍の撤退時の混乱の際に命からがら生き延びるという過去を持つ。

二人目は嘉手苅朝栄。戦前に沖縄からサイパンに移民した家族の次子で、戦時下では父母、そして兄を喪った男。3人目は、 戦後生まれのタカ。沖縄人ではあるが、異父姉は米国人とのハーフ、自身も一時期米国に養子としてもらわれていったがベトナム戦争を契機に沖縄に還ってきた青年。そして、語り手ではないもののベトナム人でありながら日本語を流ちょうに操る安南は、朝栄のサイパン時代の知人。

いずれもが、祖国と自分のアイデンティティを上手に重ねあわせられないという側面をもっていて、それがゆえに「スパイ」という役回りを演じていく。あるいは、フリーダ=ジェインの恋人である爆撃機B-52のパイロットであるパトリックもまた、その任務のために深い心の傷を負っている。本書のテーマはまちがいなくそのあたりにあるのだと思う。

特に当方の印象に残ったのは嘉手苅朝栄の半生だ。移民として家族とサイパンに渡ったものの、開戦後の物資不足やサイパンへの米国からの攻撃から必死に生き延びる姿、そして収容所への収監。これだけでも一つの長大な物語になろうかというものだ。

ユニークなのは、これだけの重いテーマを描きながら、それを深刻なだけのものにさせない著者の筆致だと思う。そして、彼らの過ごした一夏の点描の小説なのに、ここには紛れもなく物語があるということが凄い。上記に挙げたテーマも含め、深読みしようと思ったらいくらでもできるんだろうが、それ以上に物語としてのおもしろさがここにはある。

だから、当方も細かく分析するつもりはないし、久しぶりに良い小説を読んだという感想だけをここでは記しておこう。老若男女かまわずお奨めできる逸品。ぜひお手にどうぞ。


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