足澤るり子:『展覧会をつくる―一枚の絵がここにくるまで』(柏書房) [book]
恥ずかしながら、美術一般にはほとんど興味がない。特定の絵画や画家に思い入れもない。美術館に行ったのなんかもう10年以上前か。高村薫の『晴子情歌』の表紙を飾った青木繁の「海の幸」を東京国立近代美術館に観に行ったきり。
内容
イベントの企画者から、絵画の持ち主、作品を運ぶ人まで、さまざまな人々をつなぎながら美術展開催を実現させるコーディネーターという仕事。長くパリに住み、アートの橋渡しをしてきたひとりの女性の目から見えてくる美術展とは。
著者は仏国人と結婚してからパリに住むようになり、離婚後は通訳の仕事などしていたが、あるきっかけから文化事業のコーディネートの仕事をするようになる。第一章では、タイトル通り展覧会に当地の美術館が望む絵をどれだけ希望通りに借りることができるか、そのための交渉過程や輸送のディテールが描かれる。
第二章では、コーディネートの仕事に関わる人々や友人との交流がテーマ。どの世界でも人間関係が重要であることが窺える段だ。個人主義の権化のように思われる仏国人が、意外や浪花節で義理人情に篤いところなど興味深い。第三章では、著者とその母との最後の時間の思い出が描かれる。
当然のことながら、仕事なのだから相当な苦労をしているであろう著者の筆致は、にもかかわらず肩に力の入ったものではなくあくまで軽やかだ。そこには、一枚の絵を一人でも多くの日本の人々観せたいという著者の理念が揺るぎないものだからなのだろう。
仏国風味の洒脱さがありながら、エッセイというよりは随想という言葉が似合う佳品だ。
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