篠田節子:『冬の光』(文藝春秋社) [book]
著者の作品を読むのは初めてだ。配偶者は好きらしいが。これだけ有名な人なのになぜなのかね。登場人物たちの過酷な運命が予感される内容が多いので、だと思う。そういうのって、年を取ってから読むとキツいのだ。
内容(「BOOK」データベースより)
四国遍路を終えた帰路、冬の海に消えた父。企業戦士として家庭人として恵まれた人生、のはずだったが…。死の間際、父の胸に去来したのは、二十年間、愛し続けた女性のことか、それとも? 足跡を辿った次女が見た冬の光とは―
予想通りに、非常に息苦しい小説で愉しんで読めるエンタテインメントではないが、優れた小説にまちがいない。夢中になって読んでしまい、もっとかかるかと思ったら2日で読み切っちゃったよ。
主人公の碧は、父である富岡康宏の死を消化しきれずに、その死の直前に歩いた四国遍路の痕跡を辿っていく。そのうち、小さいながらも様々な不可解な行動を知り怪訝に思うようになる…。章が変わると、もう一人の主人公である康宏自身を中心に、その半生が語られ始める。明記はされていないがおそらくは団塊の世代である。
そこに描かれるのは、典型的な昭和から平成を生きるサラリーマン像であり家族像である。このような人生のありようと、現代社会を対比することが著者のテーマの一つだったのではないか。仕事中心の夫に専業主婦、二人の娘。転勤があり接待があり、バブル時期がありローンの返済がある。ただ、そこで少しだけ異なるのは、友達以上愛人未満ともいうべき女性との関係があった。
主人公の康宏は、人並みの出世欲を持つ普通のサラリーマンとして描かれる。一方で相手の女性は学究の徒であり、自由奔放な考え方を持つ少々エキセントリックな人物である。キャラクタとしては女性の方が立っているのだが、当方は主人公に感情移入してしまった。男として当たり前の欲望を持ちつつ、自分なりのルールを持っているところや、女の勘は恐ろしい的な嘆息を漏らす(笑)ところなど親近感が持てる。
ミステリ的な部分でいえば、そもそもなぜ康宏は自ら死を選んだのかというものがメインだが、他にもビジネスダイアリに記述された「数千円程度の日銭」をどのように稼いでいたのか、お遍路に必要な道具一式をなぜ途中で捨ててしまったのか、などの細かい謎で読者の興味を引っ張る。当方にとっては意外なページターナーだった。
これ以上の言及はネタバレになってしまうので控えるが、ラストで当方は不思議な感動とともに滑稽さも感じてしまった。この種の冷徹さが著者のウリなのかもしれない。著者は広義のミステリ作家というカテゴリで捉えていたが、本書は普通小説に極めて近いテイストである。当方のように食わず嫌いの方がいるならば、ぜひとも手に取ってほしいおすすめ本だ。
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