夢枕獏:『月神祭』(徳間書房) [book]
内容(「BOOK」データベースより)
ほんにまあ、困ったものでございますなあ。世の中には、わざわざ飢えた魔の顎へ首を突っ込みたがるような輩が、本当にいるのでございますよ。我が殿アーモンさまも、そのおひとりでしてな。虎が人喰いをしたと聴けば、ふらりとお独りでそこへお出かけになるし、いつぞや、ナーガの森にさらされた沙門の首のあやかしとご対決あそばされた時などは、寿命の縮む思いをいたしました。かような所業も、全ては退屈から始まったこと。今回は人語を解する狼の話にいたく興味をもたれ、シヴァ神が舞い降りるというムリカンダ山へ出掛けたのでございます。そこは、月の種族が棲む地だと、人は怯えているのですが…。九十九乱蔵の原型キャラ、アーモンの活躍を描く『妖樹・あやかしのき』『月の王』の二冊を再編集。寺田克也イラストで、鮮やかに大復活。
内容にも記述があるように、本書は1987年と1989年に出版された作品の合本再刊版。1987年当時であれば、著者の作品のほとんどを購入・読破しているはずだが読んだ記憶がない。まさか、読んだのにまったく記憶をなくしているのではないかとビクビクしていたらそうではなかったのは慶賀の至り。
九十九乱蔵の原型と惹句にはあるが、乱蔵はもう少しワイルドなイメージがあるのでちょっと違うかな、という感じ。それに、主人公アーモンの従者である仙人ヴァシタが語り手の一人称であることも関係があるかもしれない。実は、そのヴァシタがもっともキャラクタが立っていると感じられたのは意外。幻術を操りつつ、体術もかなりの手練れ。キマイラ・シリーズの真壁雲斎と同系統のキャラクタだ。
古代インドを舞台にした巨体の王子と従者の呪術師の物語。おそらく、出版された当時であればワクワクしながら読み進めていたであろうが、いま読むと少しばかりの色褪せを感じざるをえない。どうしてなんだろうね。 著者の確立した説話的伝奇物語という切り口が一般的なものとして消費されてしまった、ということなのかもしれない。ともあれ、読み逃していた人はもちろん読んでみてほしい一冊といえる。
◎関連エントリ
・夢枕獏:『闇狩り師 黄石公の犬』(徳間書店)