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猪瀬直樹:『昭和16年夏の敗戦』(中央公論新社) [book]

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

  • 作者: 猪瀬 直樹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2010/06
  • メディア: 文庫

実に恥ずかしい話だが、本書のタイトルをみてその意味するところを解することができなかった。なるほど、あの戦争は四年も続いたのか。近現代史にとんと疎いのはやはり恥ずべきことだな。


内容(「BOOK」データベースより)
緒戦、奇襲攻撃で勝利するが、国力の差から劣勢となり敗戦に至る…。日米開戦直前の夏、総力戦研究所の若手エリートたちがシミュレーションを重ねて出した戦争の経過は、実際とほぼ同じだった! 知られざる実話をもとに日本が“無謀な戦争”に突入したプロセスを描き、意思決定のあるべき姿を示す。

本書は1983年に出版されたもので、著者の作品としては第二作目にあたる。ほぼ四半世紀の時を経て復刊されたということだ。そして復刊されるだけの価値がある作品だと言っておきたい。文庫本だからお財布にもやさしいしハンドリングもしやすいしね。

まず、太平洋戦争開戦前に「総力戦研究所」なる組織が存在したということ自体が興味深い。そのことだけでご飯一膳が食えるってものである。では、どのような企図を以て創設されたのかというと、当時の英国のRDC(Royal Defence College:国防大学)をモデルにしたもののようだ。

その英国の国防大学とは、「平時戦時を通じて軍部と他の政府諸機関との協調連絡をはかるため、その要員を要請する」ために創設されたもので、名称から想像されるような軍人だけが所属するものではなく、貴族・学者・官僚・実業家などもその卒業生に名前を連ねていたという。しかも、多くが将来を嘱望されていた人物たちだという。

つまり、縦割りの組織の弊害である組織間の協調の目詰まりを回避すべく、各界から横断的に「Best and Brightest(最良にしても最も聡明)」な人物を集め闊達な修養をさせるという意図があったのだろう。そして、日本の総力戦研究所に集められた人物たちもまた、多くが東大卒や陸大・海大卒のエリート官僚・軍人集団だった…。

と、まあそんな具合に始まるノンフィクションで、やがて彼らが構成する「模擬内閣」が執り行った日米開戦の「机上演習」(同研究所所員の松田大佐の造語)は、驚くべき結論を導き出すことになる。まあ、そのあたりのスリリングな経過は本書をお読みになって確認してほしい。

当然のことながら、本書のテーマは総合戦研究所の導き出した結論が実際の政治や戦略に活かされたのか否かということや、当時の政治家たちの意志決定について考察するというもので、もちろんその面でも充分に愉しめる。ただし、中盤あたりから著者の興味は総合戦研究所より当時の宰相東条英機の人となりに興味が移ったようで、そのあたりのちぐはぐさは感じられる。

さて、実のところ当方がもっとも関心を持ったのは、研究所に集められた所長以下のスタッフや研究生たちの融通無碍な人物像である。特に所長の飯村穣中将と研究生の志村正海軍少佐の二人が魅力的だ。


同盟通信記者の秋葉研究生は知ったかぶりをして荻生徂来の孫子について質問した。飯村所長が孫子の全文を暗記していると知って顔を赤くするどころか腹の底からあきれてしまった。
(76ページ)


開戦反対の志村研究生の存在は他の研究生には大きな刺激であり、驚きだった。彼の「勝つわけないだろ」というひと言にはご託宣のような響きがあった。「軍人がああいうのだから」という意外さが、かえって信用していいかもしれないな、という気持ちを起こさせていた。志村は海軍大学校を首席で卒業し、その卒業論文は「総力戦」だったことも皆知っていた。
(124-125ページ)

その他の研究生たちもまた優秀な頭脳を有していたとみえ、彼らの活躍シーンをもっと読みたかったというのが正直なところ。そして、彼らのような逸材たちが出した分析結果とは裏腹に、開戦した日本という国の意志決定プロセスの危うさと歴史のうねりの不思議さに思いが馳せられるのだ。


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