井上夢人:『魔法使いの弟子たち』(講談社) [book]
内容(「BOOK」データベースより)
山梨県内で発生した致死率百パーセント近い新興感染症。生還者のウィルスから有効なワクチンが作られ拡大を防ぐが、発生当初の“竜脳炎”感染者で意識が戻ったのは、三名だけだった。病院内での隔離生活を続ける彼ら三名は、「後遺症」として不思議な能力を身につけていることに気づき始める。壮大なる井上ワールド、驚愕の終末―。
著者の13年ぶりの長編は期待を裏切らない達者振りで、まさに巻置く能わず。従来からの読者はもちろん、著者初体験の人は騙されたと思って手にとってほしい。とても充実した読書になるに違いない。2010年上半期お奨めの一冊だ。
以上、といきたいところだが、少しばかり所感は記しておかねばならないだろう。あらすじにあるようなバイオハザードサスペンス的な物語は、冒頭の数十ページで終了。川端裕人の『 エピデミック 』と比べるとあまりにも素っ気ない。もちろん、ウィルスの感染拡大への恐怖が物語の主題ではないことが徐々に明らかになってくる。
致死率百パーセント近い疫病から生還した3人の男女が不思議な力を持つようになる…。言ってしまえばありふれたアイデアであり新しさはまったくない。実際、中盤を読み進めながら感じたのはスティーヴン・キングの『 ファイアスターター 』と『 デッド・ゾーン 』との相似。主人公が能力を操るときの"押す"という表現とかね。
もちろん、それが悪いと言っているのではない。逆に、同じようなアイデアが、なぜこのように違う物語になっていくのかという不思議さがある。無理矢理にジャンルで括るなら、キングの物語がSF寄りに振られているのに対し、本書はミステリ寄りであるということか。
中盤以降、さらに意外な事実が明らかになるのだが、そこは読んで確認してもらおう。とにもかくにも読者の興味を手繰り寄せる著者のストーリーテリングの冴えには脱帽。繰り返しになってしまうが、語られるアイデア自体は使い古されたものであるし、強烈な個性を持った人物が登場するわけでもない。にもかかわらず、ページをめくる手がもどかしくなってしまうのだ。
著者のこれまでの『 ダレカガナカニイル… 』を代表とするリリカルな部分と、『 パワー・オフ 』の終末観が綯い交ぜになった集大成的な作品。手にとって、その魔術的なストーリーテリングを堪能してほしい。
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